フィットネス業界に勝機を見いだした25歳経営者の挑戦「ジムで地元を盛り上げていきたい」




1964年の東京オリンピック後、日本ではスイミングスクールを中心にフィットネス文化が広まり、1980年代以降は顧客のニーズに応える形で総合型フィットネスクラブとして発展してきた。しかし、2020年をピークに停滞期へと移行。現在は、ビジネスとしてはいわば飽和状態にも見える。

そんな中、元コンサルマンの宮原悠介さんは「フィットネス業界には、ブルーオーシャンがまだ存在する」と考え、中学時代からの友人である鯉沼希望(こいぬま・のぞみ)さんとともに、セミパーソナルジムの形式をとるフィットネスジム「Espoir Fitness」を起業。手頃な価格でトレーナーからの指導を受けられることや、ジムに通う仲間たちと楽しくトレーニングを受けられる“コミュニティー”としての価値を生み出し、好評を博している。

【写真】セミパーソナルジムでの指導風景

そもそも宮原さんが起業に至ったのは、経営者である父の影響が大きいと言う。

「船井総研に入社したのもじつは経営のノウハウを学ぶためで、面接でもそのことは話しました。大学生の時に父の仕事を手伝っていたのですが、仕事をしている父はとても楽しそうで、自由でイキイキしていて……自分もそんなふうに生きたいと思い、経営者になることを決意したんです」

父にあこがれて進んだ経営者の道。そんな彼がフィットネスジム業界に目を付けたのは、共同経営者である鯉沼さんが大きく関係している。

「彼が専門学校でトレーナーとして教えていて、自分のジムを開きたいという話を聞いていました。そして自分が船井総研でパーソナルジムのようなビジネスモデルを見たことがあったので、そこから話が盛り上がって……という感じですね。トレーナー業に関しては彼がメインで、経営に関するような裏方の仕事は自分がメインでスタートしました」

経営が軌道に乗るまでは今後の方向性などについて衝突したこともあったそうだが、中学時代からの親友である2人は、二人三脚でさまざまな困難を乗り越えてきた。

「朝の営業と夜の営業の空き時間に、一緒にほかのジムに行ってトレーニングすることもありますし、この前の休日は一緒にサウナに行きました。彼は友人であり、ビジネスパートナーとしてもいい関係を築けていると思います」

宮原さんと鯉沼さん

開業から約1年半、オープン当初は宣伝に苦慮した部分もあったと言うが、宮原さんは船井総研時代の経験を活かし、SNSを活用したプロモーションなどで徐々に会員を増やした。現在は老若男女問わずさまざまな世代の人たちが「Espoir Fitness」でトレーニングに励んでいる。宮原さんもまた、公私ともに充実した日々を過ごしている。

「仕事もプライベートもあまり区別がないというか、いい意味で仕事も遊びのような感覚でやっています。トレーニングのおかげで疲れにくい体になったので、休日も山登りをしたり、アクティブに動いていますよ」

多忙な毎日の中でも宮原さんの顔は明るく、充実感に満ちていた。メンタル面にも変化があったと言う。

「前職の時は数字や結果に追われていつもピリピリしていたのですが、以前よりも柔和な性格になったと思います。ジムのお客さんと雑談したりしている時間も自分にとってプラスになっていると感じています」

「Espoir Fitness」が軌道に乗り、次の目標も見据えている。

「目標としては、まずは30代までに5店舗と考えています。将来的に変わる可能性はもちろんありますが、フランチャイズ展開で手広くというよりも、まずは自分自身の手が届く範囲でじっくりやっていきたいなと。生まれ育った場所で地域性がわかっているというのもありますし、何よりも地元を自分の力で盛り上げていきたいという思いがあります」

夢を語る宮原さんの瞳は輝いていた。尊敬する父の背を追って踏み出した経営者の道だが、さまざまな経験と出会いを経て、父とは違う自分だけの道を歩み始めた。

フィットネス業界に“ブルーオーシャン”を見いだし、大海へと飛び出した若き経営者の挑戦はまだ始まったばかりだ。