食堂車全メニュー完食! 昭和プロレスの大食い伝説「レスラーがなめられるわけにはいかない」




プロレス解説者の柴田惣一さんが、実体験をもとに数々のエピソードを紹介していく連載「柴田惣一のよもやま話」。今回は、「虎ハンター」こと小林邦昭の大食い伝説をお届けする。

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プロレスラーのエビスコ(大食い)伝説は数知れずだが、まずは「虎ハンター」小林邦昭があがるのではないか。

まだ新幹線に食堂車が連結されていたころの話。「鬼軍曹」山本小鉄とともに陣取った小林。小鉄に「好きなもの食え。何なら、メニューのすべてを平らげたら、賞金をやる」と提案された。

若手だった小林にとって、臨時収入は貴重そのもの。お腹はいっぱいになる上に、お小遣いまでもらえるのだから、持ち前のエビスコ魂に火が付いた。

ドリンクメニューは例外として、スープにサラダ、肉料理に魚料理、お米にパン……上から順に食べ始めた。次へと、口に運んでいった。その勢いにたまたま居合わせた乗客も、乗員もあっけにとられていたが、いつの間にか「ガンバレ、ガンバレ」の声が起こり始めた。

これにはレスラーのプライドがフル活動。「ここでギブアップしてしまったら、レスラー全員に迷惑がかかる。レスラーがなめられるようなことは絶対にできない」と小林は箸を動かし続けた。

ついに食べ終えてみせた。自然に沸き起こる拍手。言い出した小鉄も、半信半疑だったが「おお、いいぞ」とあきれながら喜んでくれた。

小鉄はこの日のことを「いや、大きくなってほしくて、いつも、みんなに『食え、食え』と言っていた。中でも彼は大食いだったから、一度チャレンジさせたいとは思っていた。アレ、他のお客さんがいたから、できたんだよ。リング上と一緒で、皆さんの視線と歓声があると、レスラーはプラスαの力が出るんだ。とはいえ、よくやった。食堂車の支払いは大変だったし、賞金ははずんだし、大出費だったけどね」と、楽し気に振り返っていた。

小林も「小鉄さんの圧が凄かった。お客さんが興味津々でながめているし。あの頃は今以上にレスラーのプライドが桁違いだった。猪木さんに恥をかかせることになるし、とても『もう無理です』なんて口に出せない。俺も若かったから、やれたね。もう無理だよ」と高笑いだった。

「エビスコ」小林の異名がマット界に轟いた“事件”だった。

この話を伝え聞いて悔しがったのが当時全日本プロレスの若手だった大仁田厚だった。全日本のエビスコナンバー1を自負しており「いつかは小林選手と大食いで対決したい」と固い決意を固めていたそうだ。ただ、さすがの大仁田も食堂車の全メニュー制覇は「難しい」と思っていたという。

残念ながら大食い対抗戦は実現しなかったが、新日本プロレスと全日本プロレスが激しい興行戦争を展開していた時代には、両団体のライバル心は何かと火花を散らしていた。

体をデカくすることにも互いに負けたくないと必死だった。「食う」のは当たり前。いかに大きくなるか。現在ではどうなのか、と疑問が浮上する無茶な方法も堂々と行なわれていた。

どんぶり飯三杯、立って食べる、小刻みにジャンプして胃の中のものを下に落として食べる……などは当たり前。ライバルたちよりも少しでも、早く、大きくなるために「寝る前のチーズとナッツ、ポテトチップ」「暇があればバナナを口にする」などに取り組んでいた。

栄養学や筋肉論などの研究が進んだ今では、逆効果かも知れない「食べる」ことにこだわった男たちのエピソードはたまらない。

「ダブルモヒカン」情熱番長・征矢学もレスラーのスゴイ伝説にこだわる。WILDだった若き日に、ファンの皆さんと囲んだテーブルで豪華寿司桶が出た。飾りとしてドーンとど真ん中に鎮座する伊勢海老の殻。

「これは食べないの?」とファンの声に征矢はおもむろに掴み、バリバリと殻を食べ始めた。「おお! スゴイ! さすがレスラーは違うね」と感嘆の声が上がる。だが後からボソッと「消化に悪いんですよね…」と呟いていた。

それこそ「日本プロレスの父」力道山も本当は魚料理が好きなのに、人前では血の滴るようなステーキにかぶりついて見せていた。

時には見栄も張らなければレスラーじゃない。人気商売は大変だ。(敬称略)