桜庭和志も棚橋弘至も“餃子耳” 耳がちぎれても闘い続けた…昭和マットの壮絶な伝説




プロレス解説者の柴田惣一さんが取材した「プロレスのアレコレ」を紹介する「柴田惣一のよもやま話」。「耳」にまつわるエピソード後編は、大ケガをももろともしないレスラーの超人ぶりです。

前編ではレスラーの職業病のひとつである「餃子耳」を「プロレス界一のハンサム」安齊勇馬も避けられなかったことを伝えた。

写真提供/小林和朋

【写真】桜庭&棚橋の秘蔵フォト

「プロレス界を救った男」桜庭和志の耳もつぶれ、かなりわいている。プロレスラーが格闘家との異種格闘技戦で劣勢に追い込まれ、プロレス最強伝説が揺らいだ時に、桜庭は颯爽とPRIDEのリングに乗り込み大活躍している。

ホイスを始めとするグレイシー一族とのバトルで、ひょうひょうとしながらも粘り強く闘い白星を重ねる姿は、プロレスファンの溜飲を下げた。今でも語り草だ。桜庭がいなければ、今のプロレス界は違った世界になっていたはず。

一方で、プロレスをプロレスのリングで守ったのが棚橋弘至である。業界の盟主・新日本プロレスのエースとして、とことんプロレスにこだわり、決め台詞「愛してま~す」通りにプロレスファンを愛し、ファンからも愛されてきた。今年1・4東京ドーム大会で引退し、新日本プロレスの社長に就任。新たなポジションでがんばっている。

もちろん棚橋の耳も餃子。さわやかなスマイルとは似合わないが、その土台は厳しい練習とトレーニング、実戦で出来上がっているのだ。体質によっては、耳がわかない者をいるが、つぶれた耳は、やはりレスラーの「勲章」であり「歴戦の強者の証」といえる。

そして、耳がわくどころか大変なことになってしまうのもプロレスだ。耳と喉仏など顔面は鍛えられないと言われている。

「地獄からの使者」キラー・コワルスキーの「耳そぎ事件」をご存じだろうか。1959年6月、カナダ・モントリオールでコワルスキーVSユーコン・エリックのゴングが鳴った。

コワルスキーの必殺技はフライング・ニードロップ。トップロープからリングにダウンしているエリックにダイブするコワルスキー。その瞬間、エリックがフラフラと立ち上がったのが誤算だった。

胸板を狙っていたコワルスキーのヒザ頭がエリックの耳に食い込んだ。全体重がかかり、エリックの耳がそがれてしまった。落ちてしまったエリックの耳は、白いキャンパスにピクピクと波打っていたという。

後にピストル自殺を遂げたエリックだが、この事件による精神的なダメージが原因のひとつと語り継がれている。

コワルスキーも対戦相手の耳を削ぎ落してしまった呪縛からは逃れられず、その体からは妖気が漂うようになった、とまことしやかにささやかれた。実際、来日した際には「地獄からの使者」の異名がぴったりだった。

日本でも同様のアクシデントが起きている。大木金太郎の「耳そぎ事件」である。1968年12月1日、今はなき宮城県仙台市・県スポーツセンターでのこと。「野獣」ブルート・バーナードの振り下ろした角材が大木の左耳を直撃。大木の左耳から鮮血が吹き上げ、胸板は血に染まり、左耳の半分がちぎれブラブラしていた。

大木と言えば頭突きが得意技。バーナードは大木の頭突き封じのため、脳天への集中砲火のひとつとして角材攻撃を放ったのだろう。大木も頭の硬さには自信があったため、角材を頭で割りにいったのではないか。ただ、目算がズレ耳に当たってしまったのだろうか。

「角材VS固い頭」の真っ向勝負を見てみたかった気もするが、大流血に見舞われた大木は、そのまま闘い続けている。きちんと試合を終えた後、大木は病院に直行。タフさには定評があったが「さすが大木」「プロレスラーは超人」との声があらためて上がったのだから、まさにケガの功名だったかも知れない。

バーナードにしても「悪党」ぶりに拍車がかかり、来日外国人レスラーとしてのランクが上がっている。二人の名が語り継がれることになった伝説の事件といえそうだ。

プロレスには事件がつきもの。昭和の時代にはホラーと紙一重のアクシデントがちょくちょく起きていた。(敬称略)