プロレス解説者の柴田惣一さんが取材した「プロレスのアレコレ」を紹介する「柴田惣一のよもやま話」。「歯が命」の後編は歯をヤスリで磨いた外国人レスラーを取り上げます。
貴方は「噛みつき魔」フレッド・ブラッシーを知っているだろうか。「吸血鬼」や「銀髪鬼」とも呼ばれていた。
日本のプロレスの黎明期に力道山にかみつき流血させていた。まだまだ第二次世界大戦の敗戦ショックが残る中、外国人コンプレックスに陥っていた日本人に向かって「よく聞け! このヘタレども!!」と豪語。この決め台詞に恐れおののいた人もいるだろう。長年のプロレスファンはウンウンと頷いているはず。
1918年生まれで大戦前に米ミズリー州セントルイスでレスラーデビュー。従軍後にリングに復帰し、全米各地で大暴れした。
62年に初来日。日本プロレス「第4回ワールド大リーグ戦」に参戦した。兵庫・神戸大会でプロレス史に残る大事件は起こる。テレビ中継されていた6人タッグマッチでグレート東郷にかみついた。
白黒テレビとはいえ、大流血する東郷の惨状がアップで映し出されている。テレビ観戦中の女性があまりの光景にショックを受け亡くなってしまった。
日本テレビの担当者が国会に召集され、事情説明を求められている。それまでは野球、大相撲と並ぶプロスポーツの一角を占めていたプロレスへの見方が、変化していくきっかけのひとつとなったことは間違いない。
当時の外国人レスラーは「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックなど「怪物」ぶりが売りだった。リンゴを握り潰し、子供の頭を片手で掴んで持ち上げるなど、常人離れした握力とパワーを誇示したものだ。
ブラッシーは178センチと外国人レスラーとしては小柄で、代名詞となるような大技もなかった。それでもかみつきと話術で存在感は十分だった。
そしてブラッシーのパフォーマンスが話題を呼んでいた。ヤスリで自分の歯を磨く。鋭くなった歯で噛みつき攻撃の破壊力をアップさせるというわけだ。鬼気迫る表情も恐怖を増大させていた。
後になって、ヤスリは爪磨き用で、歯も自歯ではなく入れ歯だったことが明かされたが、当時は「ヤスリ磨き」で、日本人を恐怖のどん底に叩き落している。
日米を股にかけて大活躍後はマネジャーとしても注目を集めた。アイアン・シークやニコライ・ボルコフなど「アメリカの敵」の横に立ち、ファンの怒りを煽り立てた。修行中のスタン・ハンセンやハルク・ホーガンもマネジメントし「悪党の在り方」をレクチャーしている。
悪の限りを尽くしたブラッシーだったが、素顔は紳士そのものだった。日本も大好きで、日本人女性と結婚している。
レスラーそしてマネジャーとして世界中を怖がらせたブラッシーの原点が、歯のヤスリ磨きだったことは興味深い。
「歯は命」であり大切にしなくてはいけないが、歯医者さんに喜んで通う人は少数派だろう。日本の「大巨人」石川修司も196センチの巨体を小さく丸める。
「虫歯治療はもちろん、歯のケアが大切なのはよくわかっている。現役生活を続けるうえで、丈夫な歯は不可欠。トレーニングと同じくらい重要」と言いながらも、歯医者にはやはりなかなか足が向かない。だが行かなくてはならない。「今日は歯医者」と口にするや何とも悲しげな顔になり、そのギャップに「かわいい!」と女性ファンをキュンキュンさせていた。
西村修は歯医者の前にワインをたしなんでいた。欧州マット界で修行中にワインの魅力にはまり、試合前にもワインを飲んで体を温め気合を入れるようになった。その流れで、歯医者前にも一杯のワインを楽しむ。治療の前にアルコールは厳禁と承知の上で「これで痛みが和らぐ。よし、行くぞ」とガッツポーズ。気持ちを切り替えていた。
「歯が命」は万人に通じる大原則。レスラーはもちろん我々も変わらない。大切にしましょう。(敬称略)

