“ビルダー系ドS格闘女子”として知名度を上げている、総合格闘家(MMAファイター)の沙弥子選手。日体大の柔道部出身でフィットネスインストラクターの肩書きも持ち、ボディビルでミスビギナー3位に入賞したこともあるスーパーアスリートだ。新型コロナウイルスの緊急事態宣言が発令されて自宅待機となる中、彼女は今、オンライントレーニングを実施して、体づくりの素晴らしさを発信している。
――4月12日にライブ配信したオンライントレーニングでは、噂のドSぶりを発揮していましたね(苦笑)。
「ええっ⁉ そうですか(笑)。自分では普通だと思ってやっています。いつもスタジオレッスンで、やっていることと同じです」
――私も体験させてもらいましたが、ランジの辛いトレーニング時に『キツイ? 気にしない。気づかない』と励ましてもらって、どうにか乗り越えられました。
「そうなんです。厳しいトレーニングは誰かに背中を押してもらえるだけで、意外とできてしまうものなんです。キツイ、限界だと思っている時に、厳しく言ってもらうと限界後の1回ができます。これが大切なんですね。
私も減量でキツイ時に、周囲の応援があると乗り越えることができます。そして限界後の1回ができた後は、達成感があります。この達成感を得るためには、苦しいことを乗り越えなければいけません」
――たしかにキツイということだけにフォーカスすると、諦める回数が多い気がします。
「キツイと思う感情を気のせいにすればいいんです。私も本来、キツイなと思うとダメになるほうです。だから、キツクない、面白いと思うようにしています」
――オンライントレーニングを始められたのは、今回の新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が背景にあったわけですよね。
「はい。私は所属のリバーサルジム横浜グランドスラムとゴールドジムでクラスを任せていただいていますが、どちらも休講になりました。母もジムに通っているんですが、持病もあって外出できない状況です。母のように運動する場所を失った人たちのために何かできないことはないかと模索した時に、今回のオンライントレーニングが頭に浮かびました」
――オンライントレーニングは無料なんですね。
「グランドスラムはオンライントレーニングになりますが、私はスタジオインストラクターなので、みなさんには早くジムやスタジオに来ていただき、また一緒に同じ場所で汗をかきたいと願っています。経験してみて感じたのは、オンラインだとどうしても限界を感じる部分がありました」
――オンライントレーニングの限界は、どんな点がありますか?
「やはり、参加していただいている方々のフォームチェックができないところですね。例えばスクワットの場合、スタジオだとヒザの位置の修正やお尻をしっかり出せるようにするとか、細かくチェックしていくのですが、オンラインは見ることができません。頭の中で想像して注意点をいくつか挙げながら、声掛けをしていく感じになります」
――それでも『ツライ。でもがんばる』とか、『足は棒』とか、オンライントレーニング上にいろいろな書き込みがあって、みんながつながっている感覚もありました。
「今回のオンライントレーニングは、あえて自分が苦手な下半身の運動をピックアップしました。狙いとしては、参加しているみなさんと同じようにキツイ負荷を自分にもかけて、それを一緒に乗り越えたかったからです。トレーニングでパワーをもらっているのは、じつは私のほうだったのかもしれません」
――「キツイの気のせい!」は名言ですが、いつくらいからネガティブな要素をポジティブな発想に変換できるようになっていったんですか?
「あえて振り返ってみると、大学の時でしょうか。日体大の柔道部に所属していた松本秀彦先生が1年の時の顧問だったんですが、とてもトレーニング好きな先生でしたので」
――松本秀彦さんと言えば、柔道出身のサンボの全日本チャンピオンですよね。世界選手権で二度も銀メダルを獲得した名選手です。日体大で指導者もされていたんですね。
「松本先生は、柔道の練習でウエイトトレーニングに1時間半くらい使うこともありました。ベンチプレスで40kgくらいしか挙げられなかった体重57kg女子選手が、最後は105kgまで挙げることができたんです。
その時にみんなで声を掛け合い、少しずつ課題をクリアしていくことに快感を覚えていきました。プロテインを含めた栄養学も学ばせていただき、トレーニングの面白さに魅了されていったのもその頃です。もしかしたら、そこが原点かもしれません」
――総合格闘技、MMAに挑戦されたのは、ダイエット目的に始めたキックボクササイズと聞きました。
「はい、そうです。大学卒業後に太ってしまったので、エイワスポーツジムで運動をしていたら、なぜかアマチュアMMAの試合オファーがきまして」
――それで、すんなり出場したんですか?
「無知だったんでアマチュアの大会ですし、大丈夫かなと思って出場しました。でも体重が私よりも2㎏くらい重い相手だったんです。殺されるかと思い必死になって闘い、組んで投げてパウンドで殴って、気づいたら相手の鼻の骨を折っていました」
――かなり激しい試合だったんですね。プロの試合ではライカ選手とも闘っていますね。
「有名な選手が相手だったので、最初は嬉しかったんですが、体重が私よりも重くて殴られた時に鼓膜を破られました。そして気づいたら、ドクタールームにいました」
――経験がない上に体重のハンデまであって、また無謀なことをしましたね。
「これからは、ちゃんと考えようと思いました(苦笑)」
――それまでは、考えずに突っ走っていたと。
「無茶なことはしないで、一回、落ち着いて考えることを学びました」
――2017年に開催された第25回東京オープンボディビル選手権大会のミスビギナーの部に出場していますね。
「MMAの試合で負けた後に、体づくりをしっかりとしようと思いまして、今もトレーナーをやっていただいている天童愛ゆ美先生に相談したんです。肉体をつくり直すためには、『何か目標があるほうがいい』とアドバイスをいただきまして、大会出場を勧められて、その場で『やります』と返事をしました」
――結果は3位入賞でしたが、実際に出場されていかがでしたか?
「ポージングが難しかったですね。ちょっとした角度で、見栄えが大きく変わってきますし、女子の場合は最後まで笑顔をつくっていなければいけません。有名な方ばかりが出場されていて、筋肉のつき方、肉体の綺麗さが全然、違いました。試合の途中でツライなと自分の弱さも出てしまい、入賞できたのが本当に奇跡だったと思います」
――格闘技とボディビルは相反する競技ですが、ストイックにやるところは同じですね。
「いい経験になりました。今はMMAに専念することになりましたが、あの時に肉体と向き合ったことは今の財産になっています」
――現在は不要不急の外出禁止という宣言がある中、おもに自宅でのトレーニングになると思いますが、格闘家として不安になることはありますか?
「自分が弱くなってしまうのではないかと思うこともあります。私はグラップリングに課題がありますので、それができない状況なのでたしかに不安はあります。でも、今できることをやるしかないですし、技の研究や普段できないことに取り組んでいます。
オンライントレーニングにしても自宅にあるペットボトルを使用したり、冷蔵庫の中の残りもので料理をつくるではないですが、創意工夫をすれば体を鍛えられないことはありません。キツイ時こそ、気のせいの精神で乗り越えたいですね」
取材・松井孝夫/写真提供:沙弥子選手
オンライントレーニング参加希望者は、沙弥子選手インスタグラムから
沙弥子(さやこ)
1990年8月7日、神奈川県出身。リバーサルジム横浜グランドスラム所属。MMAファイター&フィットネスインストラクター。日本体育大学出身。柔道を10年間経験し、ダイエットのためにキックボクササイズを始めたことをキッカケにアマチュアMMAの試合に出場して格闘家デビュー。肉体づくりのために第25回東京オープンボディビル選手権大会に出場して、ミスビギナーの部で3位に入賞した。その後は、フィットネスインストラクターとMMAファイターを兼業して、総合格闘技団体のパンクラスなどのリングで活躍し、現在に至る。MMAの戦績は、6戦5勝1敗。