角田信朗が語る 傾奇者の肉体論① 「芸能界は魑魅魍魎の世界でした(笑)」




ヘビー級を中心とした(旧)K-1で人気者となった角田信朗さん。格闘家として、レフェリーとして、K-1の顔となって一世を風靡した。一時期は、メディアに露出しない時はないほどの人気者も、今年で御年60歳の還暦を迎えた。ボディビルダーとしての顔も持つ氏に、現在の活動と独自の肉体論を3回に渡って語ってもらった。

――格闘家、歌手、俳優、ボディビルダーと、様々なことをやられている角田さんですが、どのような活動をされているのでしょうか?

「何が本業なんでしょうね(笑)。僕たちがつくってきたK-1というものは2011年、東日本大震災があった年が最後で、そこからはいろいろと波乱万丈でした(笑)」

――今の新生K-1ではなく、いわゆるヘビー級中心の旧K-1ですね。現在は、正道会館の師範の他に、芸能活動もしているのですか?

「今はタレント業と言えば、そうなんでしょうけど、メディアへの露出に限らず、企業のイメージキャラクターの仕事をさせていただいたり、公演活動、セミナーなどですね。打ち上げ花火のような爆発的な活動ではなくても線香花火のように、細く長くやらせていただいています(笑)」

――芸能活動がメインではないと。

「お陰様で、以前はメディア露出のお仕事はもうやっていないことを探すほうが難しいくらいにやり尽くして、夢といえばほとんどの夢は実現しました。今は、気がつけば還暦を迎え、がっついて仕事をするというよりも、マイペースで素晴らしいお仕事だけを選んで吟味してやらせていただいている感じですね」

――昔は、テレビ番組の司会業までやられていましたね。

「東京に拠点を移したその時に、フジテレビのスポーツ番組『スポルト』のキャスター、NHKの『天才てれびくんワイド』の司会か決まり、2年目には朝の連続テレビ小説、そして大河ドラマ出演とバラエティも含めて、ほぼほぼすべてのジャンルを網羅させていただきました。最終的には、ハリウッドのヒュー・ジャックマン主演映画『ウルヴァリン:SAMURAI』にも出演させていただきましたよ」

――ハリウッドまで進出したんですか?

「喜び勇んで出かけて行った割には、ほんの一瞬で消える役でしたが(苦笑)、エンドロールではかなり上の方にちゃんと名前が出ています(笑)。まぁ、お陰様でいろいろ貴重な経験をさせていただいて、今は欲張ることもなく、徳分を積むことを人生のテーマにしています」

――そんな中で、ボディビルの大会で優勝されたり、トレーニングを続けているようですね。

「もともと空手を始めた頃は55kgしかなかったので、筋トレに取り組む必要があったんです。当時、格闘技界というよりスポーツ界全体で筋トレに対して否定的な意見が多かったんですが、極真カラテの創始者・大山倍達総裁も『技は力の中に有り』とその重要性を当時から力説されており、私も空手家として大成するために筋トレは欠かせないものとして取り組んでいました。

それ以来、筋トレはライフワークとしていましたが、歌舞伎俳優の片岡愛之助さんの舞台に出演が決まり、一度、役作りも兼ねて肉体を改造しようということで、初めてパーソナルトレーナーについてもらったのが、ナルシスこと山本昌弘君だったんです」

――ボディビル界の風雲児と呼ばれる山本さんですね。

「彼の指導を受けていて、『ボディビルディングとウエイトトレーニングは、似て非なるものなんだ』ということを学びました。

ボディビルディングの筋肉へのアプローチの仕方は、単なるウエイトトレーニングの領域を超えた奥深いもので、新たな興味を持ち始めた頃に、ジュラシック木澤君や同い年で4度のボディビル日本一に輝いている合戸孝二さんとの出会いがあったんです」

――ボディビル界のキーマンとの出会いがあったわけですね。

「それで、ある時、木澤君から『一度、究極まで絞ってみてください。今まで見えなかった世界が見えてきますよ』と悪魔の囁きがありまして(笑)。ちょうどファイターとしてもリングから遠ざかり、芸能界の魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界を経験して、疲れていた時でした(苦笑)。

格闘技界でも、減量に失敗して苦労する選手たちが多かったりして、なぜ失敗するんだろう、どこに原因があるんだろう、と疑問に思っていた時期でもありました」

――経験があっても、なぜ減量に失敗するのかと。

「ボディビルダーって、いわゆる減量のプロフェッショナルなんですね。もちろん、スポーツとボディビルディングの競技性は違いますが、究極まで体重を絞り、それでいて試合当日には最高のパフォーマンスを発揮できるエネルギーチャージのテクニックは、どちらにも共通するものがあって、これは勉強するべきだなと思ったんです。

そんな頃、日本とグアムの国際親善ボディビル大会にゲストプレゼンテーターとして参加した時に、『もしかしたら俺、来年この大会に出るのかな……』って、ふっと思ったんですね(笑)」

マネジャー兼トレーニングパートナーの内藤美希さんが、角田さんを絶妙なタイミングでサポートする

 

<次回に続く>

取材・撮影/松井孝夫

協力/ゴールドジム大阪中之島店

マネジャー兼トレーニングパートナー/内藤美希


角田 信朗(かくだ のぶあき)
1961年 4月11日生まれ、子供の頃はいじめられっ子であった反動から、空手を習うようになる。高校2年で極真空手の芦原道場に入門。関西外語大学卒業後サラリーマンとして働きながら空手を続け、K-1ファイター・競技統括やレフェリー、タレント、俳優、歌手としても活躍。正道会館空手総本部師範。近年はボディビルダーとしても活躍し、2016年大阪ボディビルフィットネス選手権大会では三冠完全優勝を達成。中学・高校の英語教員免許を持つ文武両道の万能ファイター。

 

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