∞転び八起き。“闘うフリーター”所英男の脱力人生(前編)【「気まぐれVITUP!」インタビュー】by編集:松浦




「自分がプロになるとは考えてもいませんでした」

——野球ではどのポジションを守っていたんですか?

「小学校の時がキャッチャーで、中学は行ったり行かなかったりだったのでポジションは適当でした。そして高校になって、またキャッチャーですね。最初はピッチャーだったんですけど、僕より球が速くてコントロールがいい子がピッチャーをやりたいということだったので、肩が強かった僕はキャッチャーに回されました。もちろん肩が強いと言っても、これも岐阜の田舎レベルでの話なんですけど」

——野球もそうですが、リングスファンになったのもお兄さんの影響ですよね。

「僕は三男だったので、すべてがそんな感じです。服装とかも兄の影響を受けていますし、趣味とかの感覚も似ています。そもそも顔が似ていますしね(笑)。減量すると、もっと似ているって言われます」

——リングスもそうですが、当時はヘビー級が主流でした。まさか自分がリングに上がるなどとは想像もしていなかったんじゃないですか?

「まったく想像してないです。友達にビデオを貸して学校の休み時間にリングスごっこをして遊んでいましたけど、実際に自分がプロになるとは考えてもいませんでした」

——リングスごっこでは誰役をやっていたんですか?

「とくに誰というのはなかったですけど、普通にアームロックや足関節の取り合いをやっていました」

——その頃からグラップラーの傾向があったんですね。

「グラップラーと言うほどのものではないですけど(苦笑)、その傾向はあったかもしれないです。リングスごっこの時に、掌底を打ち合ったりはしなかったので」

——ではパワー・オブ・ドリームから入会を勧められた時も、怖いというよりも好奇心のほうが勝った感じですか。

「パワー・オブ・ドリームで格闘技を始めたことになっているんですけど、じつはジムに入会する前にリングスごっこの延長でアマチュア・バトラーツに出場したことがあるんです。石川雄規社長、田中稔さん、臼田勝美さん、モハメド・ヨネさんとかがいらっしゃる中で試合をさせていただきました」(続く)

所英男(ところ・ひでお)
1977年8月22日、岐阜県出身。170㎝。バンタム級(-61.2㎏)。リバーサルジム武蔵小杉 所プラス所属。MMA戦績/66戦35勝30敗1分。DREAMバンタム級日本トーナメント優勝。