風邪をひく、頭痛、筋肉痛、二日酔い……日常生活では何かと薬のお世話になる機会も多いもの。薬はドラッグストアやコンビニでも簡単に手に入る時代。だからこそ、使い方を間違えると大変! この連載では大手製薬会社で様々な医薬品開発、育薬などに従事してきた薬学博士の長谷昌知さんにわかりやすく、素朴な疑問を解決してもらいます。
※この記事は2019年に投稿されたものを、再編集してお届けするものとなります。
Q.お腹が弱く市販の下痢止めを頻繁に飲んでいます。最近、効かなくなってきたような気がするのですが、同じ薬を飲み過ぎると免疫ができて効かなくなることがあるのでしょうか?
今回は読者の方からの質問に答えさせていただきます。市販の薬を使用しているということですが、市販薬、病院からの処方薬にかかわらず経口薬は免疫で効かなくなるということはありません。それは、経口薬に含まれている有効成分の分子が小さいからです。一方、免疫とは細菌やウイルスから体を守ってくれる防御システムのことですが、主に細菌やウイルスを構成するタンパク質などの大きな分子を識別し、そのようなタンパク質を持つものを異物として積極的に体の中から取り除きます。従って、市販の下痢止めは経口薬ですので、原則、免疫によって効果が失われることはありません。
免疫により効果が失われてしまうことのある薬は、前述したように、タンパク質からなるものです。このような現象のことを「中和」と呼んでいます。例えば、以前にノーベル賞で話題となった抗がん剤「PD-1阻害剤」は抗体というタンパク質からできています。ご存知のとおり、抗体は体内に含まれる成分ですが、PD-1阻害剤はそもそも体外から注射をするものですので、異物として認識され体内から取り除かれてしまうことがあります。このような場合には、期待される効果が得られなくなることがあるのです。
免疫以外にも薬が効かなくなる例はいくつかあるので、それも紹介しておきましょう。一つは耐性。最初は薬で除去できていた細菌やウイルスが、変異を起こしたり、生き残って強くなったりすることで、耐性ができて効かなくなるというケースです。ウイルスや細菌は生物なので、環境が厳しければその環境を生き抜くために自分の体を変化させていくという作業を繰り返しています。これによってウイルスや細菌が薬に耐えられる強さを身に付けて、効かなくなってしまうということです。
もう一つは酵素誘導。これは薬に対する代謝によって酵素の量が増加すること。酵素誘導が起こってしまう薬は、速やかに代謝されてしまうため、効かなくなってしまうのです。アルコールをまった全く飲めない人が多少飲めるようになることがありますが、これは本来のアルコールの代謝方法とは異なる酵素誘導が原因です。酵素誘導が起こってしまう薬は、代謝されてしまうため、効かなくなってしまうのです。開発段階の薬では、も酵素誘導が起こるものはあり、そうなると使えないので確認されると、すぐに開発中止となります。
他には病気の進行や症状の悪化。パーキンソン病やアルツハイマー病も最初は薬で進行を抑えることができますが、病気が進行していくと、薬が効かなくなってしまうケースがあります。こうした場合は特効薬はないというのが現状です。
最後に質問の話に戻りますが、免疫で薬が効かないということはないので、お腹の痛みの原因は過敏性腸症候群の可能性もあると思います。この場合、ストレスを和らげるような抗不安薬などで症状がよくなることもあるかもしれません。一番怖いのは単なる腹痛ではなく、違う病気が進行しているというケースです。どうしても腹痛が治まらないという場合は、一度病院で検査をしてもらったほうがいいでしょう。
長谷昌知(はせ・まさかず)
1970年8月13日、山口県出身。九州大学にて薬剤師免許を取得し、大腸菌を題材とした分子生物学的研究により博士号を取得。現在まで6社の国内外のバイオベンチャーや大手製薬企業にて種々の疾患に対する医薬品開発・育薬などに従事。2018年3月よりGセラノティックス社の代表取締役社長として新たな抗がん剤の開発に注力している。
Gセラノスティックス株式会社