未来の人間は「火星人」のような体型になるのか?【石井直方のVIVA筋肉! 第2回】





 

“筋肉博士”として知られる石井直方先生が、経験と最新情報に基づいて筋肉とトレーニングの素晴らしさについて発信する連載。第2回は重力と体型の関係について。

 

ウルトラマンは地球上では活躍できない!?

SFの世界では、未来の人間は脳の肥大化によって頭が異様なほど大きく発達し、逆にあまり使われなくなった体は退化して小さくなった形で描かれることがよくあります。映画やマンガなどに登場する火星人も同じような体をしている場合が多いですが、それも「UFOをつくれる宇宙人は頭がいいはず」というイメージがあるからでしょう。

たしかに、電車や自動車の発達、AIやロボット技術の進化により、人間が体を使う機会は今後ますます減っていくでしょう。
そうなると、本当にSFのような未来が待っているのでしょうか?

猿から人間に進化する過程で、脳の容積は少しずつ増えています。ですから、この先も何十万年、何百万年と人類が生き続ければ同じような進化が起こり、今よりもう少し頭が大きくなる余地はあるかと思います。しかし重力のある地球に生きているかぎり、そう単純な話ではありません

ウルトラマンのように巨大化できるヒーローが、一瞬で10倍の身長になったとします。元が180cmなら18mになるわけですが、体のプロポーションがまったく変わらないままだとすると、身長(高さ)も幅(横)も厚み(縦)も10倍になるので、体積は1000倍に、つまり体重も1000倍になります。しかし、筋肉や骨の横断面積は縦×横なので100倍にしかなりません。筋力は筋肉の横断面積に比例するので、体重は1000倍に増えたのに筋力は100倍にしか増えないということになってしまいます。となると、まともに動けないどころか、立っていることさえ一苦労でしょう。かっこいいはずのヒーローが、地面に這いつくばったままということになってしまいます。

地球上で生きる以上、重力の制約から逃れられない

生物の体の形は1Gという地球の重力の制約を受けています。仮に人間の身長を10倍にしたいと思ったら、体型そのものを変えなければいけなくなります。では、どういう体型ならそれなりに動けるか。それは恐竜のように頭が小さく、脚が太く、全身が筋肉というような形です。そうでないとすれば、海に入って浮力を利用するしかありません。実際、海の中には今でもシロナガスクジラのように巨大な生物がいますが、地上ではせいぜいゾウのサイズが精一杯です。かつて君臨していた恐竜は、環境の変化に耐えられず滅んでしまいました。

SFの世界に話を戻しましょう。人間の頭が今の2倍になり、体(筋肉)が半分のサイズになると、今の地球の環境ではまともな生活は送れなくなってしまいます。少なくとも今と同じように活発に動くことを想定した場合、やはり体重の40%ほどは筋肉が必要ですし、頭の重さも今くらいが限界に近いと思います。

これは非常に重要な問題で、なぜ人間の身長が80cmではなく、170~180cmほどなのか? という根源的な疑問にもつながります。80cmであれば、もう少し頭が大きくて体が小さいというプロポーションでも自在に動けたはずです。しかも住む部屋は狭くていいし、深刻なエネルギー問題も起こらなかったかもしれません。なのに、なぜ現在のサイズに落ち着いたのか。現時点で明確な答えはありませんが、そこにはおそらく地球全体、生命全体に関わる理由があるはずです。

SFのような体型になったとすると、それは「動かない」ことが当たり前の社会になることを意味します。自分の足では歩かない。移動する時は乗り物を使う。排泄や生殖行為も機械に頼る……。それどころか、もしかすると寝たきりに近い状態で日々生活し、脳だけで喜怒哀楽を味わった末に死んでいく、ということになるのかもしれません。

イラスト/此林ミサ

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学・大学院教授。理学博士。東京大学スポーツ先端科学研究拠点長。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍中。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。
石井直方研究室HP

【バックナンバー】
筋肉と脳は地球上に同時に現われた【石井直方のVIVA筋肉 第1回】