速く走るためには? バイオメカニクスが解き明かす、そのスキルとは

体幹の大きな筋肉を使う

人間の体は、体幹とそれに近い部位により大きな筋肉が付いています。例えば腕であれば、前腕より上腕の筋肉のほうが大きく、さらに体幹の大胸筋のほうが大きい。その体幹の大きな筋肉を使って、四肢(腕や脚)をムチのように振るのが多くのスポーツ動作に共通するスキルだということを前回述べました。今回からは、いくつかの具体的な動作について見ていきましょう。まずは「走る」動作です。

「ヒザを高く上げようとする」のは間違い

速く走るにはどのように体を使ったらいいのか?昔は「ヒザを高く上げろ」といわれたりもしました。確かに、短距離走の速い選手はヒザが高い位置まで上がっていることが多い。しかし、スポーツバイオメカニクスの研究の結果、それは“結果論”に過ぎないことがわかっています。速い選手は脚を振るのが速いので、結果的にヒザが高く上がっているのであって、ヒザの高さそのものに意味はないのです。

速く走るためのポイントは、体幹にあり股関節を動かす腸腰筋や大殿筋を使って脚を速く振ることです。短距離走の一流選手の多くは腸腰筋が一般人より発達していることがわかっています。

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速く走ろうとすると、どうしても脚の筋肉に意識が行ってしまう人が多いと思いますが、一流の選手ほど、ヒザや足首の関節はリラックスしていて、股関節のスウィングを中心に体を前に運んでいるのです。

また、腸腰筋や大殿筋が力を発揮するタイミングも重要です。脚を後に蹴り出す大殿筋が最も力を発揮しているのは、足が接地してから体幹の下に来るまでの時間帯で、その後は力が抜けていきます。足が地面を離れる直前に力を入れたのでは遅いということになります。

腸腰筋は後に蹴り出した脚が前に振り出される瞬間に最も力を発揮しており、脚が体幹の下に来る頃には既に力が抜けています。「ヒザを高く上げよう」と意識すると、どうしても脚が前に来てからヒザを引き上げようとしてしまいますが、そのタイミングで腸腰筋を働かせると遅れてしまうのです。

体幹で作ったパワーで下肢を素早く振る。こうした速く走るためのポイントがわかったことで、日本の陸上競技は大きくレベルが上がりました。最近は100m走で追い風参考記録ながら10秒を切る選手が複数出てきたり、リオ五輪では400mリレーで銀メダルを獲得したりと良い結果を残していますが、それにはスポーツバイオメカニクスの研究成果が大きく貢献しているのです。

深代千之(ふかしろ せんし)
1955年、群馬県出身。東京大学大学院教育学研究科修了。教育学博士。東京大学大学院総合文化研究科教授。日本バイオメカニクス学会会長。(一社)日本体育学会会長。国際バイオメカニクス学会元理事。身体運動を力学・生理学などの観点から解析し、理解するスポーツバイオメカニクスの第一人者。『<知的>スポーツのすすめ』(東京大学出版会)、『骨・関節・筋肉の構造と動作のしくみ』(ナツメ社)、『運動会で1番になる方法』(ASCII)など多くの著作がある。