筋肉の進化を考える① 「動く」システムの原点とは?【石井直方のVIVA筋肉! 第30回】




“筋肉博士”石井直方先生が、最新情報と経験に基づいて筋肉とトレーニングの素晴らしさを発信する連載。今回からは筋肉の進化の歴史を考察します。

多細胞生物の出現から数億年。「動く」システムは確立された。

連載第1回でも書いたように、「動く」というシステムは、生命が地球上に現われると同時に誕生し、生命とともに進化してきたと考えられます。

生きるためには、まず生息に適した環境を探して移動しなければいけません。
食糧を確保するためにも移動することは必須です。
もっとミクロな視点で見てみると、受精して細胞が分裂しながら成長していくという過程においても細胞が動くという現象は起こっています。一見じっとして動かない植物であっても、その内部では細胞が盛んに活動しています。
このように、「生命」と「運動」には切っても切り離せない密接な関連があります。

最も原始的な生き物である細菌を見てみましょう。
これらは多くの場合「鞭毛」と呼ばれる毛のような細胞器官を使って移動します。筋肉とは違う仕組みですが、やはり移動するための機能は備えています。また、細菌が分裂して増える時には筋肉と同じような仕組み(細胞が動いて変形する)が働いています。

単細胞生物も筋肉と似たような「動く」ための仕組みを備えている
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単細胞生物であるツリガネムシは、「柄」に相当する部分にあるスパスモネームと呼ばれる構造を収縮させて動きます。これもまだ筋肉と呼ぶには原始的すぎますが、タンパク質のはたらきによってバネのように伸び縮みするという性質は筋肉と非常に似ています。

同じく単細胞生物のアメーバは繊毛や鞭毛を持たず、かわりに細胞の形を刻一刻と変えながら「仮足」という構造を伸び縮みさせて移動(アメーバ運動)します。これも伸びたり縮んだりするという点では筋肉に近い能力と言えるでしょう。

筋肉の定義を「運動に特化した組織(細胞集団)」とするならば、少なくとも多細胞生物を対象とする必要があるでしょう。その中で最も原始的な生き物はクラゲやイソギンチャク、ヒドラなどに代表される腔腸動物です。これらは原始的な筋肉とみなすことのできる細胞を持ち、それを収縮させることで体を動かしたり、移動したりしています。

イソギンチャクやクラゲなどの腔腸動物には「原始的な筋肉」を見ることができる
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このあたりが本格的な筋肉の原点と言えるでしょう。そこから筋肉はより目的にかなった運動をする組織として、本格的な進化をはじめていったと考えられます。

多細胞生物の出現から数億年もの時間をかけ、筋肉の進化とともに「動く」というシステムも確立されてきました。
そして今、ヒトをはじめとする哺乳類の体の中には、動作を行なうための「骨格筋」、内臓を覆う「平滑筋」、心臓を動かす「心筋」と大きく分けて3種類の筋肉があります。
次回はこれについて解説してみたいと思います。

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学・大学院教授。理学博士。東京大学スポーツ先端科学研究拠点長。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍中。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。
石井直方研究室HP