プロアスリートから80歳超のおじいちゃんまで。みんなのパフォーマンスを挙げる「Matsuo method」の秘密に迫る①

ひと昔前までは、プロ野球選手の指導と言えば、プロ球界でそれなりの実績を挙げた人間がその経験を生かして後進の指導に当たるというのが常であった。そのことが現在も続いていることは、いまだプロ球団のコーチ陣が元選手で占められていることからもわかるだろう。しかし、近年は、プロ球団もトレーニングの専門家をコーチに招いたり、また選手個々が専属のトレーナーに指導を依頼するなど、単なる経験論からだけでなく、しっかりとしたトレーニング理論に基づいた指導をプロ選手も欲していることがわかる。
神戸・六甲にあるWINNIG BALLの代表を務める松尾祐介さんもそういうトレーニング指導者のひとりだ。「パフォーマンス・サイエンティスト」を自称する松尾さんは、研究を重ね自ら編み出した「Matsuo method」をプロアスリート、オリンピック選手からシニアアマチュアにまで伝授し、各々レベルでの怪我の防止、パフォーマンスの向上に寄与している。松尾さん自身は、もともと野球選手であったが、その方法論は、競技を問わず、すべての競技、すべての年齢層に通じるものだという。果たしてその「Matsuo method」とはいかなるものなのか。その本質に迫るべく、神戸に足を運んだ。

「オタク体質」の野球選手

松尾さんのジム、WINNIG BALLは、JR神戸線六甲道近くの高架下にある。2009年に勧業して10年目を迎えるが、意外なことにご本人は千葉出身。紆余曲折を経て現在ここ神戸でアスリートから一般人までの指導に当たっている。

松尾さんのジムWinnig ball。ネットが野球を連想させる

「野球は社会人までやっていたんですけど、5年目のシーズンを終えた後、引退と同時に会社も辞めたんです。自分でなにかをしたいなって思ったんで。ちょうどその時、こちらの高校から選手を見てもらえないかってお声をかけていただいたのが始まりですね」

こう神戸との縁を語る松尾さん。千葉の市立柏高校から中央学院大に進み、プロのスカウトからも注目されたものの、故障のためプロ入りはならず。就職先として選んだのは、都市対抗出場22回を誇るJFE東日本(入社当時は川崎製鉄千葉)だった。一流企業をあっさり辞めてしまうことにためらいはなかったのかという問いには、「ちょっともったいなかったかな」と笑う。

自らを「オタク体質」だという松尾さん。プレーすることも好きだったが、小学生の頃、甲子園の高校野球全試合をビデオに録って何度も見るなど、スポーツそのものを探求したいという気持ちが、幼少時から強かったという。

「今から考えれば、ちょっとおかしい小学生でしたね。もう、部屋中ビデオだらけでしたから」

今年不惑を迎えた松尾さんの小学生時代はちょうど年号が昭和から平成に変わる頃。野茂英雄がメジャーリーグを席巻する「夜明け前」だったが、松尾少年の目はすでにアメリカに向いていた。

「もうブームの前からメジャーリーグは観てましたね。フランク・トーマス(メジャー通算521本塁打・2014年殿堂入り)、ノーラン・ライアン(歴代トップの5714奪三振・1999年殿堂入り)、ランディ・ジョンソン(歴代2位の4875奪三振・2015年殿堂入り)、ケン・グリフィーJr. (通算630本塁打・2016年殿堂入り)の時代です。野球だけでなく、アメフトもサンフランシスコ49ersに夢中になりました。もちろん日本のプロ野球もよく観てました」

メジャー志向の強い、ちょっとオタッキーな少年は、後に甲子園出場を果たす兄の背中を追いかけて自らもバットとグラブを手にする。小柄ながらバットを思い切り振る松尾少年は、チームの誰よりも球を遠くに飛ばすようになり、いつしかプロ野球選手を夢見るようになった。しかし、本格的に野球に取り組むようになっても、生来のオタク体質は変わることはなかった。

「スポーツだけじゃなく、野生動物の動きもビデオに撮って見ていましたね。単純に『あの動きカッコいいな』って。とにかく『動き』的なものに非常に興味がありました」
「動き」に対する好奇心。それが「Matsuo method」の原点であるようだ。

(つづく)

松尾さんが元野球選手とあって入口の取っ手はバット型だ

取材&文&撮影・阿佐智