―――まず、腰痛という現象がなぜ起きるのか、ご解説下さい。
要因はさまざまです。腰は、胸郭(肋骨や胸椎などによって形成される、胸部の骨格部分)と骨盤に挟まれています。その一方が固くなると、腰に負担がきます。胸郭の歪みが腰の歪みに繋がる場合もあれば、骨盤の歪みから結果、腰痛になる場合もあります。さらには、股関節が原因ということもあります。
―――腰そのものが原因とは限らないということですね。
一例ですが、ある選手は大胸筋と僧帽筋がものすごく大きくなり、それで腰痛になってしまいました。胸椎の伸展が妨げられ、それを腰椎で代償していたことが原因でした。人の体は、頭が前に出るだけで背中が丸くなります。そうすると、胸椎自体が回旋しづらくなります。もともと、腰の骨は回旋の可動域が小さいのですが、回旋すべき部分が回旋しないと、負担がきてしまいます。
―――その選手には、どんな処置を施したのでしょうか?
トレーニングの際、体を反らせられるかどうかを、自分でチェックするよう指示しました。腰の組織そのものの損傷ではないため、腰には直接アプローチしていません。日に日に症状が改善し、数日で腰痛が消えました。
―――よく、腰痛と腹筋との関係を耳にしますが、これについては?
それで治れば楽な話です。学生時代に「腰痛体操」を習いましたが、それはバランスを取ればよいという発想でした。ですが、腹筋が弱いことで腰痛を抱えている人は、それほど多くないと思います。腹筋も大事ですが、そこから発展し、現在では、骨盤の歪み、胸郭の歪みが着目されるようになっています。「腰痛だから腹直筋を鍛えましょう」というPTは、減っていると期待したいですね。当然、私の学生時代とは教科書も変わりました。腰痛体操で10人中5人治ればすごいと思いますが、10人中10人を治さないといけないのです。
―――腰痛になる前に、何か自分でチェックできることがあれば、教えて下さい。
たとえば、朝、起き上がるときにつらいといったことは、一つの兆候です。背伸びができないというのも同様です。何かが少しずつ悪くなっている可能性がありますので、気をつけたほうがいいと思います。トレーニングによって筋肉が固くなり、少しずつ炎症を起こすと、日常生活の中でケガが発生する可能性が高まります。選手でも、トイレや風呂場でギックリ腰になることがあります。ウエイトトレーニング中に何か違和感があれば、「やめておこう」となりますよね。それは、誰にでもできる対処だと思います。ただし、足が痺れるとか、そういうのは別です。そこまでくると、ヘルニアなど、かなり酷い神経症状ですので、すぐに病院へ行く必要があります。
身近なケガの一つである腰痛。腰そのものが原因とは限らないこと、腰痛体操の効果には疑問符が付くこと、日常生活の小さな変化に気をつけるべきことは、覚えておきたい。
次回は、多くのベンチプレス愛好家が抱える悩みの一つ、インピンジメント症候群について、お話を伺う。
取材・文/木村卓二
理学療法士、日本体育協会公認アスレティックトレーナー。2000年、北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻を卒業し、理学療法士免許を取得。以後、三菱名古屋病院で膝関節、肩関節疾患などのリハビリテーションを担当。現在はジャパンラグビートップリーグ・豊田自動織機シャトルズのヘッドアスレティックトレーナーを務める。