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躊躇なく最新の手法を導入する気鋭の姿勢【いわきFCが描くサッカーの未来④】




フィジカルは努力で身につく

 
天皇杯で「フィジカル旋風」を巻き起こしたいわきFC。この現象を、S&C(ストレングス&コンディショニング)の角度から捉える本稿、今回も引き続きフィジカル強化の責任者、「パフォーマンスコーチ」鈴木拓哉の言葉を紹介する。人が持つフィジカル面の進化の可能性と、いわきFCが取り組む実験的アプローチについての、見解と説明である。

――「身体能力」と「フィジカル」の違いとは、どのようなものでしょうか?
鈴木 「身体能力」はある程度持って生まれたものですが、「フィジカル」は才能というより努力で身につくものだと思います。選手に、クリスチアーノ・ロナウドを目指そうと言っていますが、それは、ああいうプレーをしろという意味ではありません。「あの体であのプレーをしているんだよ」ということです。サッカーそのものは追いつけないかもしれないけれど、フィジカルというのは、やれば上がるんです。腕立て伏せが今10回しかできないとしても、1カ月後には、11回、12回とできるようになります。

日々の努力を重ねてフィジカル能力を伸ばすいわきFC

――選手たちが1年でどのぐらい伸びたのか、具体例を教えて頂けますか?
鈴木 昨年は、ベンチプレスができない選手もいました。60kgが0回とか。ベンチプレスの挙上重量ですと、全体的に1年で20kgほど伸びています。

鈴木が、チームで最も体型が変わったというのが、MFの久永翼。
「大学時代、75kgできつく、70kgで8回だったのが、今は90kgを8回、マックスで105kg挙上できるようになりました。」

頻繁にジムに通う人たちであれば、ベンチプレス100kgというのが1つの目安であり、いわきFCの選手たちの現在の数値は、驚くようなものではない。だが数年前、Jリーグや天皇杯優勝の歴史を持つクラブのスタッフが、90kgを1回挙上する、ある主力選手の様子を、称賛と共に紹介していたことがある。日本のサッカー界のフィジカルの現状である。実質7部のいわきFCが、既にJ1クラブをフィジカル面で凌駕していると言っても、決して過言ではないだろう。

――遺伝子検査を取り入れていると伺いました。
鈴木 ドクター(順天堂大学、齋田良知)から勧められて始めたのですが、これはまだ研究段階です。去年1年間やって、定期的なプロテイン摂取をしたにもかかわらず、骨格筋量が落ちてしまった選手や、変化が見られない選手がいました。その選手たちを遺伝子検査別に分けたところ、高重量の負荷に弱い部類にいたんです。

XX型と呼ばれるタイプの遺伝子型を持つ人は、持久力優位の筋肉を持つが、パワー優位のRR型や、中間のRX型と比べ、高重量負荷に対する抵抗力が低く、ウエイトトレーニングを行うことで、オーバートレーニングに陥りやすいとされる。

鈴木 それで、XX型の選手には、重い負荷をかけるのを止め、違うプログラムでトレーニングしてみました。すると、1カ月で骨格筋量が1kg増えていました。N数(分母)が少ない中での例なので明言はできませんが、続けてみようということになりました。ただ、ただ、ストレングストレーニングを一定期間実施しての遺伝子別トレーニングの文献は無いと言われました。まして、サッカーですからね。

フィジカルにより新たなサッカー界の地平を切り開けるか

――では、いわきFCがエビデンスを作るということになるのでしょうか?
鈴木 そういうことですね。もう少し、その論文を読み込まないといけない部分がありますが。

身体能力を持って生まれたものと定義するが、それ以上に明確な生来的要素が遺伝子である。覆しようのない、努力の及ばぬ領域と捉えるのが、一般的見解だろう。だが、いわきFCは異なる。遺伝的要素を適性と捉え、個体を把握し、適切なプログラムを施して成長につなげようという発想である。しかも、完全に証明されていない方法論に躊躇せず、自らを被験者としている。いわきFCのフィジカル革命が、いかに野心的であるかを物語る、1つの証左と言えよう。

次回は、ジュニア世代を対象とした、鈴木拓哉からのフィジカル面での提言と要望を紹介する。

取材・文/木村卓二