試行錯誤しながら泳ぎや体を
作っていく過程を楽しめた
――原さんは泳ぐ練習だけでなく、陸上トレーニングも積極的に取り入れています。それはいつぐらいから取り組んでいたものなのでしょうか?
原:陸上トレーニングは、当時の競泳選手の中では早くからしっかり取り入れたほうだと思います。本格的にやり始めたのは大学2年生の冬場からですかね。
――何かきっかけはあったのですか?
原:大学2年生のシーズンは最低な時期を過ごしたんです。大学1年生で日本代表になったんですけど、2年生のときは日本選手権で後ろから2番目でした。その1年間の中で体を壊してしまった過程があって、崩れたときに自分に足りていないものに初めて気がついたんです。泳ぐこと以外のトレーニングだったり、栄養面だったり。ダメだったことで、自分の体と向き合うようになって、それを経験してからはずっとベストタイムが上がっていくようになりました。メンタルトレーニングも取り入れたりしましたね。
――体を壊して不調に陥って、いろいろ考えるようになったと。
原:それまでは水中練習を頑張って、たくさんご飯を食べてさえいれば速くなるという感じでした。若さの勢いだけでなんとかしていたみたいな(笑)。でも、大学2年生のときに、倦怠感が抜けず、練習を全く頑張れない状態が続いて、レースでもタイムが出なくなってしまって。両親の勧めで血液検査を受けたところ鉄欠乏症になっていて、ドクターストップがかかりました。しばらくの間は、増血剤を服用しながら練習をしていましたね。前年に日本代表になっていたので、この時期がなかったらと思うことはありましたけど、この苦い経験をしたことで、いろいろな視点から考えて行動するようになったと思います。
――落ちた時期あって、復活するために必要なものを探っていったら、泳ぐこと以外にも必要なことがたくさんあることに気づいたわけですね。
原:そうですね。栄養だったり、筋力トレーニングだったり、自分に必要なものをすごく考えるようになりました。栄養に関する本もその時に初めて読みましたし、トレーナーの先生のところで体を診てもらいながら勉強させていただいたりと、自ら情報を取りにいきました。私の長い競技人生を振り返ると、このときが原点と言うか、ターニングポイントと言えます。あの辛い時期が今の自分を作ってくれたと思っています。
――実際、陸上トレーニングによって水泳にも好影響はあったわけですよね。
原:はい。大学2年のときが最低で、それからはずっと右肩上がりでした。やることさえしっかりやれば記録は伸びるんだということを実感しました。もちろん、狙った試合でタイムが出ないこともあって悔しい思いもたくさんしてきましたが、でも、じゃあ次は何が足りなかったのかと考えて、新たに作り上げていく作業もまた楽しかったんですよね。
――陸上トレーニングでは主にどの部位を鍛えるというのは決まっているのですか?
原:水泳の競技特性を考えると、支持点がない環境で、水平姿勢で泳がないといけないので、コアの強さが必要です。あとは1回のストロークでより多くの水をとらえて、押していかなければいけないので、背中の筋力も大事。そうやって競技特性を見たときに必要な部分を強化するというのはもちろんあります。ただ、全身の筋力や可動性など、基礎的な身体機能や運動能力がないと、そういったものも身につかないんですよ。だから、自分の意思通りに体の隅々までをコントロールできるように、全身を「強く」そして「しなやかに」という意識でやっています。
――そうしたメニューはトレーナーさんに教えてもらったのですか?
原:最初のうちはいただいた情報をしっかりできるようになるまで取り組みますが、そこから自分の身体感覚やそれまでの知識と経験と合わせて咀嚼して、よりよい方法を考えながらやっています。
――体について考えるのは好きなほうですか?
原:好きじゃないとできないですよね(笑)。ウエイトトレーニングを大学2年のシーズン後から本格的に始めたのですが、最初はヒザや肩を痛めたりとか、ギックリ腰になったりとか、とにかくケガが多かったんですよね。ヒザを痛めたときには、ヒザ周辺の筋力が足りないからと反省して、下半身トレーニングの取り組み方を変えてみたり、腹筋がしっかり使えていないから腰を痛めるということであれば、腹筋トレーニングのバリエーションを増やしたりという感じで。怪我の功名ではないですが、そうやってケガをする度に強くなって戻ってくるというか(笑)、同じ部位は二度とケガしないようにという意識で、積み重ねてきたトレーニングがベースにあります。
――単純に筋肉をつけることが目的ではないので、足りないもの、必要なものを強化していったのですね。
原:そうです。ケガをしないように筋力をつけたり、ケガをしないための体の動かし方を身につけたりという形でやってきました。トレーニングをしながらも、自分の泳ぎをイメージしてやっていたので、実際に泳ぐときでも陸上でやってきたことが水の中で使えている実感はすごくありました。
――トレーニングを泳ぎにスムーズにつなげられたのですね。
原:そういうのも人体実験みたいなもので、楽しみながらやっていたので、うまくいかなくて苦しんだことがないと言うか、なかなか上手くいかないと「こんなにやったのに効果が出ないからやめる…」って思ってしまうようなところでも、産みの苦しみを楽しめたというか、試行錯誤しながら泳ぎや体をつくっていく過程を楽しめていたと思います。
――壁に当たることを大変と思うのではなくて、壁を乗り越えることが楽しかった。
原:そういうことです。物事をそうやって考えるようになっていたんですよね。
――子どもの頃はやらされていた水泳で楽しくなかった。それが自分で考えるようになったらどんどん楽しくなっていったと。
原:はい。体を壊した後に自分でいろいろ考えてやって、その成果が形になったときは嬉しかったですね。そこで成功体験を得たことによって、何かしらやればうまくいくと思えるようになったから、考えて実践することが楽しくなっていったんだと思います。
取材&文・佐久間一彦/撮影・中田有香
1974年生まれ。静岡県出身。日本体育協会認定水泳上級コーチ、NESTA認定パーソナルフィットネストレーナー、一般社団法人スポーツ人材育成協会理事。元200m自由形日本記録保持者及び元400m・800mリレー日本記録メンバー。1998年アジア大会金メダルや2001年福岡世界選手権ファイナリストなど、国内主要大会のみならず、国際大会の経験も豊富。1993~2015年まで23年連続で日本選手権(2011年代表選考会を加算)に出場するなど、40歳を過ぎた現在でも未だ日本の第一線で活躍中の鉄人スイマー。
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