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減量って何だ? ALSOKレスリング部・大橋正教監督に聞く②




レスリング、ボクシング、柔道、ウエイトリフティングなど、体重別に行なわれる競技では、選手が減量をすることが多い。一般の人が行なうダイエットとアスリートが行なう減量は何が違うのか!? グレコローマンレスリングのバルセロナオリンピック代表であり、現在はALSOKレスリング部の監督を務める大橋正教さんに減量についてのお話をうかがった。インタビュー2回目となる今回は、減量後の回復について。

ルールに合わせて減量、そして回復
新ルールで番狂わせが多くなる!?

選手が勝つために、減量の次にしなければならないのは“増量”だ。

「48キロ級」に出場する選手は、48キロで闘うのが体重階級制のルールだと思っている人も多いだろうが、そんなことはない。選手たちはそれぞれの階級のリミットまで減量して計量をパスしたら、一気に増量して、できるだけ元の自分のナチュラルな体重に戻して試合に臨んでいる。

その回復力は、まさに驚異的。大橋監督のもと、2006年アジア大会優勝、2007年世界選手権2位に輝き、シドニーからアテネ、北京とオリンピック3大会連続出場を果たしたグレコローマンスタイル60キロ級・笹本睦は、最大12キロオーバー。試合に向けて徐々に減らし、試合前1週間ほどで8キロ減量。当時は試合前日の夕方に行なわれていた計量をパスすると翌日の試合までに一気に戻し、一晩で8キロ増量していた。

「笹本の場合、普段の体重は68キロ。多いときの72キロはちょっと太り過ぎで、不摂生と言われるかもしれませんが、僕はそういう時期も必要だと思うんです。リラックスして食べたいものを食べる。同時に、筋肉も休ませて。それにしても、計量のときの笹本はもう別人。頬がゲッソリこけて、目だけがギョッロとして、肌もカサカサでした。

減量できる選手というのは、第一に体力がある。空腹でエネルギーがなくなっても、走りこめる体力がなければなりません。でも、減量とその後の増量を考えると、大事なのは内臓の強さです。消化・吸収がよく、たくさん食べられて、それがエネルギーになる。内臓が強くなければ、増量どころかリカバリーできませんから。そう考えると、笹本は強靭な内臓を持っていたんでしょうね。

それでも、年齢を重ねていくと体重は落ちにくくなります。体重が減るというのは体にとって危機ですから、防衛本能が働くんでしょう。何度も減量していると、精神的にもキツくなりますし。でも、一番の原因は走り込む体力がなくなること。ベテランになると疲れがとれにくくなりますが、回復力を上げて、翌日はまたしっかり練習できるようにしていくしかない。笹本は30歳を過ぎて北京オリンピックに出場、過酷な減量をしていたわけですから立派なもんです」

では、計量後、選手たちはどんなモノを口にしているのか? 「まずは水分」。大橋監督は現役時代を振り返り、ホッとしたような表情で語った。

「もちろん空腹ですけど、人間一番大事なのは水。ある意味、極限状態ですから。冷たい水を一気に飲みたいんですけど、疲れている胃がビックリしないように、最初は温かいお茶や白湯。食事はおかゆとか。母校の山梨学院大学は下田(正二郎)先生が作ってくれる牛肉とセロリやニンジンを形がなくなるまでじっくり煮込んだスープとおにぎりが定番でした。醤油味のスープがやさしく体中にしみわたるようで。ありがたかった。なつかしいですね」

レスリングでは試合方式とともに計量回数・時間も時代とともにたびたび変更されてきた。大橋監督に現役時代を振り返っていただき、さらに現行ルールの問題点をあげてもらった。

「1984年、僕が大学の2年のときまではバッドマーク方式(2敗したら失格)の予選が2日間、3日目がファイナル(順位決定戦)でしたが、すべて当日朝計量。確か午前6時30分だったと思いますが、計量パスするとすぐに水分とおかゆやおにぎりなどで800グラム増やし、ウォーミングアップして試合に臨み、試合の間に飲んだり食べたりして50~51キロまで増える。その日の試合が終わった後、減量で走ったりして48.5キロで就寝。朝起きると48キロになっているので、そのまま計量。また試合という繰り返しでした。初日に合わせて1回体重を落としているので、2回目、3回目は落ちやすいんです。口にしているのが、水分とおかゆみたいなモノばっかりですし。それでも落ちない選手、特に減量がキツい外国人選手などがサウナで寝ている姿をよく見ましたね」

その後、試合方式は変わらず計量方法だけが変更となった。大橋監督が出場した1992年のバルセロナオリンピックは、毎試合前日計量。ファイナルまで残ると3日間、3回計量をすることになる。「これは辛かった」と振り返る。

「ほかの選手も同じ条件ですけど、バルセロナオリンピックのときは辛かった。まず初日の試合前日18時に計量。それから水分と食事を摂って50キロで寝て、朝起きると49.5キロ。ホントに軽く水分と食事を摂って50キロで試合に臨み、途中飲んだり食べたりして50~51キロ。その日最後の試合を終えてマットを降りるとその場で着込んで走り、リミットの48キロまで減量。自分の階級のすべての試合が終わって1時間半後だったかな、計量ですから。その繰り返し。これを3日間続けるのは本当にきついです。その後、予選リーグがあったり、なくなったりしましたが、計量は初日前日の夕方1回のみ。笹本の話をした通り、1回だけなのでかなり減量する選手が多かったと思います」

そして今年、ルール変更があった。一回戦から何試合も闘って疲れ切った選手同士が決勝戦を闘うのでは面白くないということで、世界選手権、オリンピックなどの主要大会では、準決勝までを1日で行ない、決勝戦のみが翌日に行なわれることになった。計量は両日とも当日の試合前に実施される。

「日本は世界に先駆け、昨年12月の天皇杯全日本選手権からそのルールを採用しましたが、これが大変なんです。試合の朝、計量して2時間後から試合。完全に元に戻すなんて無理ですけど、どれだけリカバリーできるか。(公益財団法人日本レスリング)協会では、計量が終わった選手のためにケータリンングサービスを利用して食事を提供しました。管理栄養士が作成したメニューをもとにおかゆ、白米、豚汁、タラの煮付け、スクランブルエッグ、肉団子、卵豆腐、納豆、バナナ、ミカン、ホットコーヒーなどを館内のカフェテリアに並べてビュッフェ方式としましたが、試合を控えている選手はそんなに食べられない。お腹がいっぱいになったら、体が動きません。初戦は、相手も同じなんだから、いい意味で割り切って闘い、昼以降の試合に向けてベストに持っていくしかないでしょう。昨年12月の全日本選手権、今年6月の明治杯全日本選抜と国内で2大会やりましたが、初戦、足がつった選手が何人もいましたからね。番狂わせも多くなるでしょう。

ALSOK所属のフリースタイルの高谷惣亮選手は、74キロ級から79キロ級に上げたのに、それでもコンディショニングに失敗して、第1試合は明らかな脱水症状。水を飲んでも、体に回らない。水分ですら身になっていない。無理してバナナを少し食べたら、戻してしまいましたが、それでも勝つんですから大したものです。

ルールを変更したUWW(世界レスリング連合)にすれば、試合当日朝。計量することによって体に悪い、無理な減量をなくそうという考えなのでしょう。でも選手たちは、減量とともにこれまで以上にリカバリーについても自分の体と相談して階級を決めなければならない。加えて、いまは男子フリースタイル、グレコローマンスタイル、女子それぞれ10階級ありますが、そのうちオリンピックで実施されるのは各6階級だけ。減量とともに、オリンピック階級かどうかという問題がありますから、階級選びはますます難しくなります。それでも、どんなルールでも、どんな条件でも環境でも、勝つ。そんな選手が世界を制し、オリンピックでも金メダリストになることができるんだと思います」

減量の目的は試合に勝つことだから、ただ体重を落とすだけではいけない。当日計量、前日計量……ルールの変更に対応しながら減量して、試合で結果を残し続けることが、いかに大変なことかがよくわかる。減量のあるスポーツに関しては、試合のみならずそうした部分にも注目してみると、一味違った楽しみ方ができるかもしれない。

 

取材・文/宮崎俊哉  撮影/佐久間一彦

大橋正教(おおはし・まさのり)
1964年12月7日、岐阜県出身。ALSOKレスリング部監督。現役時代はグレコローマンの選手として活躍し、1992年のバルセロナオリンピックに出場。同年のアジア選手権優勝、全日本選手権では3度(89年、91年、92年)優勝の実績を持つ。