脂肪を落とすには有酸素運動? 筋トレ?
――筋トレが一般層に広がった要因の一つに「ダイエット」があると思います。
中野:これは大きな変化ですよね。そういう発想は以前はなかった。
石井:研究の影響が大きいと思います。理屈から言うと、脂肪を分解するには酸素を使って代謝する必要があるので、運動としてはエアロビック(有酸素運動)が最適ということになります。これが教科書的な正解ですし、トレーナーもみんなそう習っていると思います。ただ、問題はそれだけが100%の真実になってしまうことです。実際には、運動中に消費するエネルギーだけでは、たいした量の脂肪は減りません。1日トータルで脂肪を減らしていくという見方をすると、筋肉の役割が非常に重要になってくるんですよね。
――基礎代謝ですね。
石井:はい。そこがかなり長い間、見落とされていたんですよ。
中野:そうですね。アメリカでも日本でも。
石井:有酸素運動を長期間やった結果として脂肪が減ったという研究データも出ていましたから、研究者もどうしても「脂肪を落とすならエアロビック」という言い方をしてしまっていました。逆に研究データだけで考えると、筋トレをしてもあまり脂肪を減らす効果はないという見方になってしまうわけです。
中野:短期的に考えると、そういうことですよね。
石井:じつはダイエットで筋肉まで落ちてしまうのはマイナスなんじゃないか?という研究は80年代後半くらいにもあったんです。たとえばアメリカで肥満の女性を対象にして、「食事制限をする」グループと「食事制限+筋トレをする」グループを長期間にわたって比べてみたら、後者のほうが体脂肪量がすごく落ちて、除脂肪量が少し増えた。食事制限だけだと除脂肪量、つまり筋肉も減ってしまうことがわかりました。ただ、「食事制限+筋トレ」よりも「食事制限+エアロビック」のほうがもっと脂肪が落ちるんじゃないか、という考え方が主流になってしまったんですね。
中野:それが90年代くらいまで続いたわけですね。
石井:ところが、私たちが中高年の人たちにサルコペニア(加齢による筋力低下)予防を目的としてスロートレーニングを推奨してみたら、「筋肉が増えました」という意見だけでなく、「脂肪が落ちました」と言う人が多かったんです。ダイエットが目的ではなかったので、これには私もビックリしました。長期的に見ると筋肉を鍛えることが脂肪を減らすことにつながるということが、研究上ではっきりしてきたというのは、このあたりがきっかけだったと思います。2000年代のはじめくらいですね。
中野:世界的にも、だいたいその時期じゃないですか。
石井:そうだと思います。その後の実験で「筋トレ後にエアロビック」をやると脂質代謝がぐんと上がるという結果が出たので、論文にしてアメリカに提出したらすぐに受理されましたから。そのあたりのことは世界的にも十分に知られていなかったんでしょう。
中野:石井先生のような方が研究してくださったことによって、「負荷をかけなければ筋肉は育たない」という基本的なことも常識として浸透してきましたよね。そうなる前は、みんな「健康のために体操をしましょう」と言っていたんですよ。肩を回したり、腰を回したりすることで健康になると考えられていたし、筋肉がつくイメージもあったのかもしれない。でも、そのくらいだと動的ストレッチのレベルなので、筋肉がつくだけの負荷にはなっていないんですよね。