人間の“見る目”はAIにも負けない
中野:筋肉をつくること自体はそんなに難しいことではないですよね。適切な負荷を与えて、効果のある種目をやって、ある程度の頻度を保てば、70歳でも80歳でも筋肉はできる。だから、これからのトレーナーは正しい方法を教えるだけではダメで、クライアントにまた来てもらえるのか、ということがポイントだと思います。どんな大学を出ているか、どんな資格を持っているかということ以上に、人間性のほうが重要ですね。
石井:私たちも「完璧なトレーニング」ができるAIシステムの開発といった研究もしているんですよ。たとえばVRの中にインストラクターがいて、そのフォームを完全に真似れば効果が出るとかですね。ただ、そういうものができたらインストラクターはいらないんじゃないかと思われがちですけど、そうではないと思うんです。どうしてもジムに行けない人とか、家から出られない人はそれしかないかもしれませんけど、それですべてが済んでしまうというわけでは決してないと思いますね。
――AIもかなりのレベルには到達しそうですけど、体調やレベルに応じたベストな処方箋というのは難しいかもれしれませんね。
石井:ええ。それにAIから習うのと人から習うのでは、かなり本質的な違いがあると思うんですよね。「今日はすごくよくできました」と褒められるのも、AIと人では効力がまったく違うと思いますので(笑)。
中野:それはそうですね(笑)。ランニングシーンを撮影して動作解析してくれる会社があるんですけど、それを見て新しい情報を得られるかと言うと、自分の目で見たものをそう大きくは変わらないんですよ。逆に、そこに至るまでの4~5年間にどういう過程を踏んできたか、どういう苦労をして、どういうトレーニングをしてこうなってきたか、というのは機械にはわからない。そこから先の課題はわかるかもしれませんけど、アスリートとして残された時間の中でのベストを考えたら、新しいトレーニングを導入することがリスキーな場合もある。そういう微妙なサジ加減はAIにはできません。どんなに技術が進んでも、人間の見る目はそんなに負けていない、と現場にいて感じますね。
石井:それは大事なポイントですね。先進技術の計測によって数値化すると、目に見えなかったものが見えてくるんじゃないかと世の中の人は期待すると思います。でも、じつは人間の目って思っている以上に感度がいいというか繊細なんですよ。人の目で見えないものが、機械で測ったら見えてくるということはあまりない。逆に機械で測っても出てこないものが、人の目なら違いを見いだせるという事例はたくさんあります。
中野:人の目ってすごいですよね。ただ、最先端の技術を使わないと古いトレーナーと思われてしまうんですよ(笑)。それを使っているトレーナー、使っている施設がすごいと思われて、使わないと保守的だと思われたりする。
石井:たしかに膨大なデータを使うことで、そこから見えてくるものもあるとは思います。そういう点では機械の利用価値はあると思いますけど、微妙な動きの違いなどは、まだまだ目の肥えた人の判断のほうが検出できると思いますね。ですから、機械のいいところをうまく利用すればいいんじゃないかと思います。