AI時代のトレーニングの意義とは? ☆石井直方×中野ジェームズ修一☆SPECIAL TALK #5




筋肉博士とカリスマトレーナーの初対談も、いよいよ最終回。今回はAI(人工知能)やIoTの進化で生活の劇的な変化が予想される近未来について語り合います。「令和」時代のトレーニングやスポーツに求められることとは? 理想のトレーナー像とは?
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世の中の進歩は、人間の体を滅ぼす方向に確実に向かう

――トレーニング人口が増加している現在、一方でAIなどの進化で日常的に体を使うことが減っていくこれからの時代、トレーニングは人にとってどんな意義を持つでしょうか。

中野:これからの社会で私が懸念しているのは、やはりロコモ(ロコモティブシンドローム=運動器症候群)の問題ですね。一般の人の筋力低下は、すごく進んでいるんですよ。車で移動することが多い芸能人の方などは、40代くらいでスクワットを2回やっただけで「死んじゃう」とか「こんなキツいことできない」とか言うんですよ。

石井:負荷なしですか?

中野:なしです。歩く機会が減ると、こんなに筋力低下してしまうんだと衝撃を受けましたね。あと20年くらい経つと、多くの人が1日1000歩も歩かずに生活できてしまう時代が来ると思います。その時、筋力低下というのは国民的な問題になるでしょう。そこで私たちトレーナーができることは、トレーニングやスポーツが好きと思える人たちを増やしていくこと、そのきっかけをつくっていくことじゃないかなと思うんです。それには指示・命令型で指導するのではダメだし、何キロを何回上げたら筋肉がつくといった知識だけでもダメ。一緒にトレーニングをする、寄り添って楽しめる環境をつくっていく、というスタンスじゃないと続かないと思います。

石井:やはり人間性が問われますよね。

中野:そうなんです。

石井:人の活動量が減っていくのは間違いないでしょうね。そのうち家の外に出る必要もなくなるかもしれないし、車に乗るにしてもアクセルやブレーキを踏むアクションもいらなくなってくる。そうなると、生活がどんどん肉体から離れていってしまいます。さらにAIが進化してくると頭も使わなくなって、人間の存在そのものが消滅してしまうような未来というのも考えられるわけです。

近未来、人間の運動量は激減する可能性が高い。ⓒchagpg‐stock.adobe.com

私は数年前にがんを患い、1ヵ月間の入院をトータル3回くらい経験しました。ずっと寝たきりで過ごしていると筋肉が衰えることを知っているので、病室でそれなりにトレーニングをやったりしていたんですけど、どうしても動く時間は短くなってしまいました。退院して外を歩いてみたら、500メートルも歩くともうダメなんですよ。お尻あたりの筋肉が悲鳴をあげたりして、つらくなってくる。動かないと、こんなに衰えるものかということを痛感しました。これから先の未来は、寝たきりに近いような状態がごく普通の生活になる可能性もあるので、本当に気をつけないといけないですね。500メートル歩く必要のない世の中になったら、足の筋肉など必要ないと脳や体が判断してしまいますから。


でも体が人間の基盤と考えると、どんなに便利な世の中になったとしても本来の機能はやはり維持していかないといけない。そのためにトレーニングが不可欠になってくるんじゃないかという気がします。

中野:そうだと思います。

石井:普通の生活で体が維持できない世の中になっていくなら、いかに知恵を使って自分の体を維持するかということを考えないといけないですよね。歩く時間が減っていくなら、10分で10000歩くらいに匹敵するトレーニングをするとか。そうして体を維持していくための知恵の産物がトレーニングということになってくるかもしれない。

――現在のトレーニングブームも、もしかしたらAI化に対する人間の本能的な抵抗なのかもしれませんね。

石井:本当にそうかもしれないですよ。とにかく世の中の進歩というのは、人間の体を滅ぼす方向に確実に向かうわけです。面倒なことはやらなくていいようにするのが「便利」ということなので。たとえば駅のエスカレーターにしても、高齢者や障害を持っている人のためにつくられたはずですけど、それがあると若くて元気な人も直行してしまうわけですよね。つまり便利になったら必ず省力化の方向に進んでいくので、その流れを止めることは現実的に不可能だと思います。

中野:人間、どうしても便利なもの、ラクなものを選ぶし、そこにお金を使いますからね。買い物をするにしても、デートをするにしても、それこそ食事や娯楽やコミュニケーションも含めて、すべて家から出ずにやれるようになりつつありますからね。

石井:体は正直ですから、そうしていればどんどん衰えていく。生物学的に言っても、それは人間本来の生き様ではないんですよ。狩りや農耕などで食料を確保しないと生きていけないというのが、生物としての本来の社会のあり方ですから。文明が誕生したのが数千年前、技術革新によって便利な世の中になってきたのが最近200~300年だと思うんですけど、そのくらいの年月で人間の体が変わるわけはないので、「動かなくなる」ことが体にとって適した環境ではないことは間違いないんです。ですから、より便利な世の中をつくっていくのはいいとして、一方では人間本来の体をしっかり維持していく。そういう相反するような方向性を求められるのがこれからの時代だと思います。そこにトレーニングやスポーツの大きな意義があるような気がしますね。

世の中の環境が変化しても、人間の体の仕組みは狩猟や農耕が主だった時代と変わらない。ⓒscaliger‐stock.adobe.com

中野:本当にそうですね。ただ、生きていくために体を鍛えるということではモチベーションが上がりにくいと思うので、体を動かした時の爽快感とか充実感、何かができたという達成感、そういうものを伝えていくことも私たちの仕事として重要なのかなと思います。

――ちなみにiPS細胞などによる再生医療が発展することによって、衰えた筋肉を復活させたりすることは可能にならないのでしょうか?