AI時代のトレーニングの意義とは? ☆石井直方×中野ジェームズ修一☆SPECIAL TALK #5




コミュニケーション力、人柄の良さなどが「トレーナーの能力」として必要になる

石井:組織自体が壊死してしまったところに、新しい細胞を入れて再生させることはできると思います。ただ、筋肉は非常に合目的にできていて、使わなければ衰えるし、使えば強くなるという、かなり素直な組織なんですよ。たとえば飢餓状態で食料が手に入らなくなると、筋肉を持っていること自体がエネルギー的にコスト高になるので、なるべく細くなろうという反応がすぐに起こるんです。

中野:まして筋肉をあまり使わなくなったら、それを維持しているのは無駄ですからね。

石井:乗りもしないのに高級車を持っているようなものですから。それなら軽自動車にしたほうがいい(笑)。そのように体の状況に応じて太くなったり細くなったりと激しい変化をする組織ですから、実際に筋肉を使う機会が少なくなると、外から新たな細胞を入れて一時的に組織をつくることはできても、それを維持したり発達させたりすることは難しいと思います。
アナボリック・ステロイドを打っても、トレーニングをしなければそれほど筋肉は発達しませんからね。これは骨も同様で、使うことで初めて維持しようという反応が起こる。その反応というのが、生物の体にとってすごく意味のあることなんだと思うんですよ。

進化する再生医療でも、太く強い筋肉を維持することはできない? ⓒKzenon‐stock.adobe.com

――環境適応能力ということなんでしょうね。どんなに科学が進んでも、体に関しては自助努力が必要ということになると、やはりトレーニングの重要性はますます高まりそうですね。これからは医者と同じくらいトレーナーという職業が日常に求められるようになるかもしれない。

中野:その可能性は高いと思います。「膝・肩・腰が痛い」「血圧や血糖値が高い」といった症状に対して、お医者さんは「無理のない程度に運動してください」などと言うわけですけど、お医者さんが適切な運動を一緒にしてくれるわけではないし、トレーニングメニューを組んでくれるわけでもないですからね。
アメリカにいた頃に私があこがれたのは「プライベートトレーナー」というジャンルだったんですよ。朝クライアントのところに行ってベッドから起こし、一緒にウォーキングやテニスをしたりする。それからスーパーで朝食の買い物をして、ヘルシーな食事を一緒に食べる。それが終わったら一緒に筋トレをして、最後にストレッチやマッサージをして帰る。そういう仕事なんですよ。私はそういうことができるトレーナーでありたいなと思っていますし、そういう職種が求められる時代になってくるんじゃないかなと思っています。

――それは孤独という社会問題の解決にもつながりそうですね。

中野:そうなんですよ。だからコミュニケーション力、人柄の良さといった部分が「トレーナーの能力」として必要になってくると思うんです。

これからのトレーナーは知識を持つだけでなく、人々の生活に寄り添うことが求められる?ⓒmodul_a‐stock.adobe.com

石井:そう思います。AIとは違う、人間らしい部分ですよね。

――研究の世界では、これからどのような展開が予想されるでしょうか?

石井:メタボ(メタボリックシンドローム=内臓脂肪症候群)やロコモを運動で予防できることは、かなりはっきりわかってきているんですけど、今後の日本全体にとって大きな課題となるのは認知症なんですね。日本では、ついに要介護になる要因として認知症が1位になりました。医療の発達で体はそれなりに持たせることができるんですけど、超高齢社会を考えると脳の機能もしっかり保てるようにしていかなければいけない。運動が認知症予防に効果的であることは疫学的なデータでは認められているんですが、なぜそうなるのかという今のところ回答はないので、それをもう少し突き詰めて具体的な方法論を明らかにしていく必要があります。
認知症予防に効果のある物質が筋肉から出るという報告もありますけど、その仕組みはまだ解明されていません。私の研究室でもネズミに筋トレをさせると認知症を防ぐ可能性のあるBDNFという物質が脳の中で増えてくることは確認しました。でも、その間で起こっていることがまだつながっていないんです。ただ私たちとしては筋肉が一つのポイントであると考えているので、その研究は今後も進めていきたいと思っています。

中野:体を鍛えて健康的に生活するというのは精神的にもプラスになると思いますから、私たちもいろいろな情報や知識を吸収し、日本の未来のためにもさらに進化していかなければいけないと思いますね。

<了>

取材・構成/本島燈家
写真/神田勲

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学・大学院教授。理学博士。東京大学スポーツ先端科学研究拠点長。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍中。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。
石井直方研究室HP
中野ジェームズ修一(なかの・じぇーむず・しゅういち)
1971年、長野県出身。PTI認定プロフェッショナルフィジカルトレーナー。米国スポーツ医学会認定運動生理学士(ACSM/EP-C)。「理論的かつ結果を出すトレーナー」として、卓球の福原愛、テニスの伊達公子、バドミントンの藤井瑞希など多くのアスリートを指導。2014年からは青山学院大学駅伝チームのフィジカル強化指導も担当。早くから「モチベーション」の大切さに着目し、日本では数少ないメンタルとフィジカルの両面を指導できるトレーナーとして活躍を続ける。技術責任者を務める東京・神楽坂の会員制パーソナルトレーニング施設『CLUB 100』は、「楽しく継続できる運動指導と高いホスピタリティ」が評価され、活況を呈している。主な著書に『医師に「運動しなさい」と言われたら最初に読む本』(日経BP社)、『世界一伸びるストレッチ』(サンマーク出版)、『青トレシリーズ』(徳間書店)などがある。