がん治療には抗がん剤は不可欠なの? 【ドクター長谷のカンタン薬学 17回】




風邪をひく、頭痛、筋肉痛、二日酔い……日常生活では何かと薬のお世話になる機会も多いもの。薬はドラッグストアやコンビニでも簡単に手に入る時代。だからこそ、使い方を間違えると大変! この連載では大手製薬会社で様々な医薬品開発、育薬などに従事してきた薬学博士の長谷昌知さんにわかりやすく、素朴な疑問を解決してもらいます。

Q.水泳の池江璃花子選手が白血病の治療中ですが、がん治療に抗がん剤は不可欠なのでしょうか? また白血病とはどんな病気なのでしょうか?

東京2020オリンピックでの活躍も期待されていた競泳の池江璃花子選手が白血病であることを告白し、現在は治療中です。その病状を心配している方はとても多いと思います。まずは白血病とはどんな病気なのかということから説明させていただきます。

白血病は大きく分けると、急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病の4種類に分類されます。もともと血液の細胞は一つの幹細胞からできていて、これが分化して骨髄性の幹細胞とリンパ性の幹細胞に分かれます。前者からは赤血球、血小板、顆粒球や単球が産生され、後者からはB細胞、T細胞、NK細胞などのリンパ球が産生されます。このうち、顆粒球、単球、リンパ球を合わせて白血球と呼びます。リンパ球系のほうの細胞が異常に分化・増殖しているのがリンパ性白血病で、骨髄性球性のほうの細胞が異常に分化・増殖しているのが骨髄性の白血病になります。

白血病における慢性と急性の意味は、他の疾患のそれとは異なります。つまり、急性の経過が長引いても慢性白血病になるわけではありません。急性白血病は、まだ成熟していない機能を持っていない若い細胞が増加するもので、慢性白血病は未熟なものから成熟した細胞まですべてが増加するものを指します。急性白血病の場合は、急激に発症し、未熟な幼弱な細胞が増えることで、白血球の増加、血小板減少といった症状が出てくるため、迅速な治療が必要となります。一方、慢性の場合は未熟な細胞が増えても正常な細胞もあるため、生活する上では大きな問題はなく、健康診断の血液検査によって偶然見つかることが多いようです。しかし、慢性も急性転化する恐れがあるので、適切な治療が必要となります。

白血病の場合は、基本的に化学療法(抗がん剤治療)を行ないます。急性白血病はそのままにしておくと免疫がまったく働かなくなり、数週間~数カ月以内で生命に危険が及ぶ可能性があるため、無治療でいることはありえません。また、肺がんや大腸がんといった多くのがんと違い、手術などの局所治療では治らないため、全身治療である化学療法が必要となるのです。

治癒への道は強い薬物療法を行なって、骨髄および血液中に白血病細胞がほとんど認められず、血液細胞が正常な値に戻ること(=寛解)を目的とします。ここからさらに地固め療法、強化維持療法によって、体内に残っている白血病細胞を減少させ、限りなくゼロに近づけることにより、白血病の再発を防ぎます。がん細胞が1パーセントでも残っていると、またその細胞が増えてきてしまう恐れがあるので、完全に絶たなければいけません。そのため、治療には長い時間がかかります。

ただし、他のがんと比較して血液の場合は一つの変異に基づくことが多いので、化学療法の効果が出やすく、固形がんよりは治癒に導く可能性の高いがんでもあります。18歳以下の若年層の治癒率も80%と、早く適切な治療をすれば治る可能性が高い病気だとも言えます。

最後に抗がん剤の副作用についても説明しておきましょう。抗がん剤はがん細胞を消失させる一方で似たような仕組みを持っている細胞にすべて影響が出てしまうので、それによって副作用が起こります。がん細胞は増殖が早いため、がん細胞だけでなくサイクルの速い細胞、たとえば髪の毛や腸などにも影響が出てしまうのです。抗がん剤を使うと髪が抜けるというのはこうした理由からです。このように抗がん薬の多くは、がん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃してしまうので、重い副作用に悩まされることも少なくありません。

従来はがん細胞を死滅させる作用によって治療の効果を得てきましたが、近年、がんに関する研究が進み、がん細胞が増殖や転移をするのは、異常な遺伝子からできた物質が悪さをしているためであることがわかりました。つまり、悪さをする物質の働きを抑えることができるなら、がん細胞の増殖や転移が抑えられるはず。こうした考えから生まれたのが、分子標的薬です。この分子標的薬は、がん細胞の増殖や転移に関係する特定の分子だけを狙い撃ちするため、正常な細胞へのダメージが少ないのが特徴です。副作用がまったくないわけではありませんが、従来の抗がん剤を用いての治療と比べると、患者さんへの負担は少なくなっています。

 

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長谷昌知(はせ・まさかず)
1970年8月13日、山口県出身。九州大学にて薬剤師免許を取得し、大腸菌を題材とした分子生物学的研究により博士号を取得。現在まで6社の国内外のバイオベンチャーや大手製薬企業にて種々の疾患に対する医薬品開発・育薬などに従事。2018年3月よりGセラノティックス社の代表取締役社長として新たな抗がん剤の開発に注力している。
Gセラノスティックス株式会社