【免疫とは何か? #2】自然免疫と獲得免疫、それぞれの戦い方




新型コロナウイルスの感染が世界中に拡大するなか、免疫のスペシャリストである順天堂大学医学部の三宅幸子教授にその機能をわかりやすく解説していただく特別インタビュー。第2回目の今回は、いよいよ免疫のシステムを図を交えて学んでいきます。

■免疫機能の重要性を再確認しよう

——死者が群を抜いて多いイタリアやそれに続くスペイン(4月3日時点で1万人超え)では、いずれも平均寿命が約83歳で世界でも屈指の高齢社会だそうです。新型コロナは高齢者や既往歴のある人ほど重症化しやすいといわれていますが、そういう意味では、日本も決して侮ることはできません。やはり高齢化や既往歴にともなって、免疫力も低下してくるからなのでしょうか。そもそも免疫とはどういうものなのでしょうか。

三宅:新型コロナウイルス感染症の重症化リスクについては、高齢化や糖尿病、肺疾患、高血圧、心疾患、脳血管障害などさまざまな基礎疾患が挙げられています。なぜ重症化するのかについては、これらの病気による臓器の状態やウイルスの増殖に対する影響など複数の要因が考えられています。免疫状態も、もちろん重要な因子となります。免疫とは、「ウイルスや細菌、あるいは真菌といった外来微生物から体を守る生体防御システム」です。

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——外敵の侵入に対して体のなかで主に戦ってくれている精鋭部隊のようなイメージですね。

三宅:もし、私たちの体にこの免疫機能が備わっていないと、どういう状態になってしまうか想像してみてください。例えば、先天性免疫不全症候群という病気がありますが、これは生まれながらに遺伝子の変異によって免疫システムのどこかに支障を来たす病気で、さまざまな微生物による感染にかかりやすくなり、かかった場合に重症化します。

——なるほど。免疫が本来の力を発揮してくれないと、常に感染症の恐怖と戦っていなければならないわけですね。とすると、一方で後天性免疫不全症候群というものも存在する?

三宅:はい。acquired immunodeficiency syndrome、いわゆるAIDS(エイズ)といわれる病気があります。レトロウイルスの一種であるヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)の感染によって免疫不全が生じ、さまざまな微生物による感染に抵抗力がなくなる状態が起こります。AIDSの他にも、抗がん剤治療や免疫抑制剤を使用することによって免疫力が落ちて感染症を発症することもあります。

——いずれの場合も、高度の免疫不全に陥ってしまうと、生命が脅かされるほどの危険にさらされてしまうというわけですね。

三宅:その通りです。図1は、免疫の反応についてその概略を示したものです。ヒトの体には、細菌やウイルスに対して、まず体のなかに侵入して来ることを食い止めるバリアがあります。例えば、皮膚や粘膜(気道や消化管、尿路などの内側を覆う)のような物理的バリアがあり、涙液・唾液などは微生物を洗い流す他に、微生物に対抗する酵素などの化学的バリアとしても働き、第一の砦としてその役割を果たしてくれるのです。

図1

——まずもってこのバリアがなければ、細菌やウイルスは出入り自由になってしまうというわけですね。城にたとえれば、敵の攻撃から身を守るため、その周りに壕をめぐらせたり、壁のような石垣をつくったり……という。

三宅:はい。これらのバリアに損傷や異常がなければ多くの異物は体内に侵入してきません。ところがそのバリアをも突破して体のなかにまで侵入してくるものがあります。そこで最初に活躍するのが自然免疫です。

■自然免疫のメカニズム

—いよいよ本題ですね。

三宅:自然免疫とは、私たちが生まれながらにして持っている免疫反応であり、たとえそれが体にとって未知のものであっても、真っ先に駆けつけてそれらの敵を退治しようとしてくれるものです。図に示すマクロファージ、好中球、NK(ナチュラルキラー)細胞、マスト細胞、さらに樹状細胞といったさまざまなタイプの機能を持つ白血球がかかわっています。貪食(どんしょく)という異物を捕食することが得意な細胞や、酵素など内包する顆粒を放出して病原体を殺してしまう細胞が主体となります。

——機動力や反応力に秀でているのが自然免疫の特徴というわけですね。

三宅:貪食細胞といわれるマクロファージ、好中球、樹状細胞は、異物を捕食することが得意です。ちなみに、病院の検査などで「白血球の数値が上がっていますよ」といわれたら、ほとんどの場合、好中球の数が増えているということを意味します。つまり、好中球の増加は、体に侵入した微生物や異物を撃退するためには欠かすことのできない生体反応といえるでしょう。なお、ケガをしたときに細菌に感染すると傷口に膿が溜まることがありますが、その膿は好中球の死骸です。

——死闘を繰り返した後の残骸というわけですね。そう考えると、たとえ膿であっても愛おしく感じてきます。図にあるNK細胞はよく耳にしますね。

三宅:NK細胞はがん細胞やウイルス感染に対し、先陣を切って立ち向かいやっつける勇敢な細胞です。体の防御システムである自然免疫において、非常に重要な役割を担っているといえるでしょう。

——文字通り、「生まれつきの殺し屋」という異名を持っているだけのことはありますね。

三宅:また、マスト細胞とは別名「肥満細胞」とも呼ばれ、主にアレルギー反応に関与する細胞です。寄生虫感染のために存在したものだろうと想定されています。寄生虫は細菌などの微生物と違って目に見えるくらい大きいので、マスト細胞や好酸球といった顆粒をもつ細胞が集まって、顆粒の中にある酵素などを放出することによって寄生虫と戦います。

——まさに、それぞれの個性を生かしたチーム力で戦っている、というわけですね。この図にあるサイトカインという用語もよく耳にしますが……。

三宅:サイトカインは、免疫細胞などから分泌されるポリペプチドで、細胞間の情報伝達を担う可溶性分子です。さまざまな種類があり、免疫細胞と常に情報交換を図りながら、それぞれの活性化や機能抑制に働きます。ホルモンに似たような働きをするものですが、ホルモンが全身を巡りながらそれぞれの受容体に作用するのに対して、サイトカインはほとんどの場合、非常に近くの狭い範囲内で力を発揮するものです。例えば、樹状細胞が外敵の侵入に反応すると、その樹状細胞が外敵の情報を伝えると同時にサイトカインを出してリンパ球の活性化を促すなどの役割を担っているといえばわかりやすいでしょうか。

■獲得免疫のメカニズム

——いろいろな情報伝達に使われるのですね。まるで、バスケットボールのゲームのように、ポジションごとにさまざまな戦術が臨機応変、システマティックに駆使されるときに使われるようなイメージです。次に、この獲得免疫というのは一体、何でしょうか?

三宅:自然免疫で病原微生物を排除できればよいのですが、その能力だけで手に負えない場合があります。そこで続いての登場となるのが獲得免疫です。獲得免疫とは、後天的に獲得されるもので、適応免疫とも呼ばれています。そして、その大黒柱となるのが図中のリンパ球(T細胞・B細胞)で、これも白血球の一つです。リンパ球の大きな特徴は、過去に遭遇したあらゆる敵を記憶できる能力にあります。一度出遭った敵は決して忘れない。特異性があり記憶があるといわれるゆえんはそこにあります。

——しっかり学習している、と。

三宅:はい。自然免疫のように、全方位的に侵入してきた敵であれば何でもやっつけようとするものではありません。加えて、自然免疫のほうは過去の敵に対するメモリー機能も備えていません。獲得免疫は非常に相手をよく見て記憶していて、2回目以降に侵入して来た敵に対しては効率よく、かつ力強く反応できる細胞といえるでしょう。反応としては、図2のようなイメージとなります。

図2

 

■「ワクチン」は獲得免疫の仕組みを利用している

——獲得免疫は初めての感染で練習試合をして、2回目に戦ったときには相手の特徴を把握してより戦略的に戦えるということですね。だから、勝率もはるかに高くなると。

三宅:そうです。ただし、獲得免疫の場合には、新しい敵に出遭ってから、それに対する免疫ができるまでに時間がかかります。しかし、一度活性化されたらメモリー細胞として残るので、これほど頼りになる有効な免疫はないというわけです。

——麻疹(はしか)に一度かかると、二度とかからないのは獲得免疫のおかげでもあるというわけですね。

三宅:この獲得免疫の仕組みを活用して病気を予防するのが、ワクチンです。病原性をなくしたり弱めた微生物やその成分を事前に接種して、その微生物の感染を真似するのです。それによって、ウイルスや細菌に対する獲得免疫をつくり出し、実際に同じウイルスや細菌が入って来たときには、獲得免疫が素早く強力に働いて、病気が発症しなかったり、発症しても軽くなることを期待しているのです。

——病原体の曝露を受ける前に獲得免疫を成立させておく。だから‟予防”接種であるわけですね。ところで、図1を見ると、樹状細胞は自然免疫と獲得免疫のどちらにもかかわっているようですが……。

三宅:樹状細胞は、貪食する力が強い細胞です。さらに重要な役割は、先に述べた通り、獲得免疫に対して‟侵入者”の情報を伝達する役割を担っていることが挙げられます。そういう意味では、司令塔の役割も務める重要な細胞といえるでしょう。サイトカインは獲得免疫でも重要で、ここでも互いに連携し合い、さまざまな役割を果たしています。

——なるほど。免疫機能は自然免疫と獲得免疫とのツ―プラトンシステムで細菌やウイルスに立ち向かっているわけですね。

図3

三宅:今や世界中を脅かす存在となった新型コロナウイルスは、人類が今までに経験したことのない微生物なので、当然のことながら私たちは新型コロナに対する獲得免疫をもっていません。だから重症化してしまうリスクも高いのです。そして、それがより一層の恐怖心を生み出している最大の要因ではないかと思います。

——仮に、ウイルスが侵入しても感染しなかった人、あるいは無症状のまま気づかないうちに治癒してしまった人というのは、自然免疫のみで戦いに勝利したという認識でいいのでしょうか? また、その場合でも獲得免疫はつくられ、次回はそのウイルスへの抵抗力がさらに高まるのでしょうか?

三宅:獲得免疫はおそらくできていると思われます。ただし、抗体などがどれくらい維持されるかについては、微生物によっても、また暴露された微生物量などによっても異なります。麻疹(はしか)では長い年月抗体が維持されますが、ノロウイルスなどでは比較的短時間で再感染のリスクがあるといわれています。新型コロナウイルスについては、これからいろいろ検討されるとわかってくると思います。

<第3回に続く>

三宅幸子(みやけ・さちこ)
東京医科歯科大学医学部卒業。順天堂大学付属順天堂医院で内科研修後、同膠原病内科に入局し順天堂大学内科系大学院修了。米国Harvard Medical School, Brigham and Women’s Hospital・博士研究員・指導研究員、 国立精神・神経医療研究センター神経研究所免疫研究部・室長を経て、2013年より順天堂大学医学部免疫学教室・教授。

取材/光成耕司