新型コロナウイルスの感染が世界中に拡大するなか、免疫のスペシャリストである順天堂大学医学部の三宅幸子教授にその機能をわかりやすく解説していただく特別インタビュー。第6回目は、高次機能といわれる免疫システムについてさらに詳しく聞いた。
■バランスの良い食事が大切な理由
――いろいろな役割を持つ個々の細胞があり、それが全体的なシステムとしてバランスよく機能している免疫というのは、人間の組織と似ている面もあるように感じますね。
三宅:まさしくそうですね。それぞれの細胞に確固たる役割があり、適材適所で自分のテリトリーを責任を持って守りながら、いざ異物と戦うときには一丸となるわけですから。そもそも免疫やホルモンのような内分泌系、神経などは綿密なシステムとして連動しているので、「ネットワーク」と呼ばれるわけです。ですから「これさえなくせばいい」「ここだけ強くすればいい」ということはないのだと理解しておいたほうがいいでしょうね。そして、一つのことがネットワーク全体に影響してしまうことも当然あります。そのように影響しあう仕組みであるからこそ、バランスがとれているともいえるでしょう。
――だから、ストレスや過労や暴飲暴食といった一要因が、全体の機能を下げてしまうことになるわけですね。そのようなときは、なるべく早く正常の生活に戻していけば、また元に戻ってくるのでしょうか?
三宅:戻ると思います。第4回でも触れたように、そもそも免疫はホルモンなどとともに高等生物にしかない高次機能ですから、正常な生活をしていれば下がったものはニュートラルなところに戻ってくるはずです。ただし、ある一定の閾値を超えると病気という形で出てきます。例えばこれまで大丈夫だったのに、今年から花粉症になってしまったなどですね。ちなみに獲得免疫は、生物が歯を使って物を食べるようになったことで、硬いものが体の中に傷をつけるようになり、それに対応するために進化してきたのではないかという説もあります。
――それで腸に重要な免疫細胞が集まっているのでしょうか。よく「ヨーグルトが免疫アップに効く」と聞きますが、これも腸との関係があると考えていいですか?
三宅:乳酸菌の一部は、免疫システム全体のバランスをとる制御性T細胞を増やす働きがあるという研究報告もあります。ただ、菌によって作用が違います。制御性T細胞などのような免疫を制御する細胞を増やす菌もあるし、別の種類のリンパ球の数を増やしたり、活性を上げたりする菌もあります。第4回でもお伝えしたように、腸内細菌というのは個人差が大きく、また1000種100兆個という巨大な菌の集団です。ですから、薬のように、一つの菌だけですべてのヒトに病気を治すような強い作用を発揮するのは難しいでしょう。また、ヨーグルトなどに入っている菌は通過菌といって腸に定着しませんので、一度飲めば良いというものでもありません。ですから、万能とはいきませんが、自分の腸内細菌との相互作用次第でヨーグルトが効果的な可能性はあります。
――いい噂がある商品だからといって、自分にも効くとは限らないと。
三宅:そうですね。じつは私もある種類のヨーグルトを飲んでいますが、同じものを摂っている知人はアレルギーが良くなったといっています。その体験からも、私はプロバイオティクスといわれる腸内環境に良いとされる菌が、免疫反応に影響を与えるということは決して嘘ではないと思っています。しかしそれを薬として治験すると、ほとんどうまくいきません。先ほど申し上げたように、腸内細菌は皆が違うものを持っているので、ある目的を達成するための薬のような有効性を出そうとすると、なかなか成功しない。それが現状です。
――効果が人それぞれとなると、「体にいい食べ物」を選ぶのも難しいですね。
三宅:腸内細菌を一つひとつ変えていくのは難しいですが、腸内細菌はその餌があると増えてきます。例えば、繊維成分を多く含む食事をすると、繊維成分を消化する菌が増えてきて、その代謝産物が制御性T細胞を増加させることが知られています。ですから、腸内細菌のバランスを良くするためには、食べ物もバランス良く食べることが大切だと思います。
――やはりバランスなんですね。腸が免疫の最大組織ということですが、免疫は他にどういうところで働くのでしょうか?
三宅:私たちの体の中にはいろいろタイプの免疫組織が、いろいろなところにあります。免疫細胞ができる場所は胸腺と骨髄ですが、免疫反応を起こす場所としてはリンパ節や脾臓があります。喉の炎症が起こると、首のところにぐりぐり腫れてくるのがリンパ節です。また、外界と接するところは、それぞれ特殊な免疫器官を持っています。例えば扁桃腺が腫れたりしますよね。あれも免疫器官です。咽頭には咽頭の、肺には肺の特別な免疫器官があり、腸には腸の特別な免疫器官があります。免疫細胞がいる主な場所は3つ。血液、リンパ管、組織です。要は体中ですね。それが必要に応じて集まってくるわけです。ですから、腸は確かに大切ですが、免疫反応はそれぞれの特徴を活かしながら体全体としてうまいこと働くようになっているということです。
■生活習慣など一つひとつの積み重ねが効いてくる
――治療の面でもバランスが大事なんでしょうか?
三宅:大切です。例えば自己免疫は免疫が過剰に働いている状態なので、免疫を抑えるような治療をすることもあります。しかし、免疫を抑えると、時には副作用として感染症が起こりやすくなることもあります。一方、がんは悪いことをする細胞なので、免疫を使ってしっかりやっつけたい。ですから自己免疫疾患とは真逆の治療で、免疫を高める薬を使います。ところが、それによる副作用で自己免疫になってしまうこともあります。
――なるほど、高め過ぎても抑え過ぎても問題が生じる可能性があるわけですね。
三宅:絶妙なバランスで動いているのが免疫システムなので、むしろ全身のバランスを考える東洋医学的なことや食生活といった生活習慣も大事なのではないかと思います。一つひとつの積み重ねが効いてくるように思いますね。あくまで私の考えですけど。ただ、「免疫を鍛える」というのは、現実にはなかなか難しいですね。どう鍛えていいのかわからない。その中でも、適度な運動というのは、良いことの一つです。筋肉を動かすと、サイトカインの一種であるマイオカインという物質が産生されて、ウイルス感染細胞やがん細胞を殺す力のあるナチュラルキラー(NK)細胞やキラーT細胞の働きを上げることが知られています。また、運動すると血行が良くなるので、免疫細胞の循環も良くなります。NK細胞については、笑うとその活性が上がる、反対に過労やストレスでは数が減ったり機能が落ちます。ですから免疫機能をバランスよく保つには、積極的に上げる努力をしながら、バランスの良い食事を摂り、ストレスや過労を避けるということですね。
<第7回に続く>
三宅幸子(みやけ・さちこ)
東京医科歯科大学医学部卒業。順天堂大学付属順天堂医院で内科研修後、同膠原病内科に入局し順天堂大学内科系大学院修了。米国Harvard Medical School, Brigham and Women’s Hospital・博士研究員・指導研究員、 国立精神・神経医療研究センター神経研究所免疫研究部・室長を経て、2013年より順天堂大学医学部免疫学教室・教授。
取材/光成耕司