早稲田大学スポーツ科学学術院・鈴木克彦教授が語る「免疫のしくみ」と「運動の効果」




昨今の世相から「免疫力」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。免疫とは体内に侵入した微生物や異物を体外へ排除してくれる防御機能。オンライン師匠の雑誌版「ONLINE MASTER」にて、早稲田大学スポーツ科学学術院・鈴木克彦教授が、加齢に伴う免疫系の働きも踏まえて「運動と免疫」について解説しました。

免疫とは?

風邪を引いても、数日たったら元気になった!
怪我をしたけど、しばらくしたら傷が治った!!
誰しもが経験あることですよね。それでは、なぜ風邪や怪我が治るのでしょうか。

そうです、免疫機能が働いているからです!

理学療法士の方でも、免疫学を学んでいない方も多いかもしれません。だけど、免疫学の知識がないと、適切なアプローチが取れないこともあります。今回、しっかりと学んでいきましょう。

そもそも免疫とは体内に侵入した微生物や異物を体外へ排除してくれる防御機能です。体内に生じた異常物質や老廃物、病的細胞なども排除してくれます。
体内にはホメオスタシスと呼ばれる恒常性を維持しようとする働きがあります。
皆さんの平熱は何度ですか? 昨日は36度だったけど、今日は35度! ……なんてことはありませんよね。人によって平熱の温度は異なりますが、それぞれの方の平熱は一定のはずです。平熱が一定に保たれているのも、ホメオスタシスが働いているからです。つまり、この生体防御の仕組みこそ、免疫に他なりません。

逆に言うと、免疫が正常に働かないと、病気になってしまうということです。例えば免疫不全症を起こすと、感染症や悪性腫瘍に陥ってしまいます。

なら、免疫が働いていれば安心だ。どんどん頑張ってもらおう!
というわけにもいきません。過剰な免疫応答が起こると、今度はアレルギー疾患や自己免疫疾患に陥ってしまうからです。春になると、多くの人を悩ませる花粉症。あれも過剰な免疫反応が原因で起こっています。
まさに中庸の徳! ちょうど良くバランスが取れた状態がベストです。

それでは免疫は、どのようにして機能しているのでしょうか。

免疫は、多種類の細胞や液性因子が協働作業を織りなして機能しています。ここで重要なのが造血幹細胞です。
みなさんは、次のような成分の名前を聞いたことはありませんか?
血小板、リンパ球(T細胞)、リンパ球(B細胞)、マクロファージ、好塩基球、好酸球、好中球、赤血球……。
いくつか聞いたことがある成分があったことでしょう。それでは、こうした成分はどこでつくられているかわかりますか?

なんと、すべて骨髄からつくられているのです! もっと正確にいうと、骨髄の造血幹細胞から分化して生まれています。こうした成分は免疫系を司る構成細胞です。それらはすべて骨髄の造血幹細胞から生まれているということを覚えておいてください。

中でも大切なのが白血球です。白血球は大きく「食細胞」と「リンパ球」に分かれます。

食細胞は、好中球や単球、マクロファージなどのことです。微生物や異物を細胞内に取り込んで消化する食作用を専門としています。食作用は貪食とも書きます。“むさぼり食う”ことですね。ちなみに、貧血などの「貧」の字とは違うので注意してください。

好中球?
単球?
マクロファージ???
……と、先ほどから何の説明もなしに進めてしまいましたね。クエスチョンマークで頭がいっぱいになるのも仕方がありません。一つ一つ詳しく説明していきましょう。

まず好中球から。好中球は細菌感染時に感染部位に速やかに遊走し、異物を貪食・殺菌する役割があります。白血球の約50〜60%を占めていて、寿命は6時間から20時間とかなり短いです。食胞中に異物を封じ込めて、活性酸素やリソソゾーム酵素などで殺菌物質を濃厚曝露しますが、いっぱい出すぎると組織を傷害してしまいます。

次は、単球とマクロファージです。共に異物を細胞内で処理して抗原提示する比較的大型の単核細胞です。血中に存在するものを単球、組織に定着したものを組織球または マクロファージと呼びます。

一方で、リンパ球は脊椎動物のような高等生物にのみ存在する細胞です。Tリンパ球、Bリンパ球、ナチュラルキラー(NK) 細胞に大別され、脾臓やリンパ節、リンパ組織などに定着し、抗原の侵入に対して免疫応答を行ってくれます。つまり体のあちこちに関所があるイメージです。病原体が入ったら、すぐに察知し、免疫が働いて退治してくれます。Tリンパ球の一部は胸腺で分化することも押さえておいてください。

慢性炎症という概念とは?

皆さんは、現在、日本人の死因の一位が何だかわかりますか?

正解は、がんです! 悪性新生物ですね。

ここで急性炎症と慢性炎症について、詳しく説明しましょう。そもそも炎症には、急性炎症と慢性炎症の二つがあります。

急性炎症は怪我や感染症などです。例え急性炎症になったとしても一週間か二週間で完治します。一方で、慢性炎症は完治することがありません。原因も病原体や組織障害ではなく、体の中の異常物質です。体の中で処理しきれかった老廃物などが取り除けなくなり、炎症がずっと続くのです。急性炎症が痛むのに対して、慢性炎症はそれほど痛みが出ません。痛みはないのに炎症反応があるということなので、慢性痛と慢性疾患はイコールではないことも覚えておきましょう。

明治から戦前にかけて「急性炎症の時代」と呼ばれる時代がありました。スペイン風邪やインフルエンザ、結核など、感染症で亡くなる方がたくさんいた時代です。その頃は、マクロファージやリンパ球といった免疫系がとても注目されていました。

ところが、戦後を過ぎると感染症は激減します。代わりにがんや心疾患、脳疾患などが増え、「慢性炎症の時代」と呼ばれるようになりました。なぜ目立つようになったのかと言うと、寿命が延びて免疫機能が低下した高齢者が増加したり、生活習慣病の増加で動脈硬化増えたりしているからです。

例えば、昔、脂肪はエネルギー源としてとても重宝されていました。だけど今は脂肪が増え過ぎていて、免疫系に敵と認識され、炎症を起こす原因になっています。背景にあるのは、飽食の時代です。この他にも、過食や運動不足など、生活の乱れが慢性炎症を起こしています。ストレスも一つの原因です。

慢性炎症の時代になると、免疫も別の注目を集めるようになります。それは免疫の異常が病気を引き起こすという点です。マクロファージも動脈硬化の原因になっています。

ここで問題です。
戦前の日本人の平均寿命は何歳だったか分かりますか?

なんと、45歳くらいです!

現在は、男性が81.25歳、女性が87.32歳です 。戦前と比較すると、2倍近くも伸びています。感染症の流行などで多くの方が亡くなっていたんですね。つまり、寿命が伸びるとともに社会の疾病構造が変わり、免疫の役割も変化してきたということです。

慢性炎症は、さまざまな疾患と関係しています。肥満や糖尿病といった生活習慣病、脳卒中や心疾患といった動脈硬化、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経疾患、うつ病や睡眠障害といった精神疾患、がん、そしてリウマチや乾癬といった自己免疫疾患など、挙げたらキリがありません。

加齢に伴う免疫系の働き

加齢と肥満が、炎症細胞の浸潤・活性化や炎症性サイトカインの産生、活性酸素種の産生、慢性炎症・酸化ストレスなどを引き起こし、「神経変性疾患」をはじめ「動脈硬化」「代謝性疾患」「加齢性筋肉減弱症」といった疾患につながっています。現に加齢によって、Tリンパ球を産生している胸腺の機能は減退します。50歳以上だと、10%程度しか機能していないと言われているほどです。高齢者が感染症に弱いのは、Tリンパ球を中心とした免疫が落ちてしまうからに他なりません。

では、どうすれば免疫の働きを高めることができるのでしょうか。どんな方法があると思いますか?

バランスのとれた食事? お見事、それも正解の一つです! 他にもいろいろと方法はあります。だけど、最も効果が期待できるのは適度な運動です。適度な運動はストレスを軽減し、肥満を防止してくれるだけでなく、がんの再発防止にも役立ちます。

とはいっても、お年寄りに運動は難しいのでは……。
病気になった方だと、体を動かすだけでも大変なのに……。

そういう声が聞こえてきそうですね。でもご安心ください。軽いウォーキングだけでも構いません。ある実験によると、週二回、合計100分のウォーキングで抗酸化能力を高め、酸化ストレスを低下させる可能性があることも分かっています。まだまだ実験段階なので、これからさらに詳しい結果が分かるでしょう。ここでは軽い運動をするだけでも免疫を高める効果が期待できることを押さえておいてください。

 

鈴木 克彦(予防医学、運動免疫学)
職業:早稲田大学スポーツ科学学術院/教授
1991年 早稲田大学 人間科学部 卒業
1993年 早稲田大学大学院 人間科学研究科 生命科学専攻 修士課程 修了
1999年 弘前大学 医学部 卒業
2001年 国立国際医療センター病院 内科臨床研修課程 修了
2002年 弘前大学 医学部 助手
2003年 早稲田大学 人間科学部 専任講師
2008年 早稲田大学 スポーツ科学学術院 准教授
2013年より現職

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