「筋の旅人」に初の外国人が登場。2020年2月、プランク姿勢保持でギネス世界記録に認定され、話題となったジョージ・フッド氏だ。今回は、その経歴や生き様を生の声とともにお届けする。新型コロナウイルスが世界中に影を落とす中、フッド氏は「私の名はHood。くれぐれもGoodと間違えないでくれよ」と、自身の挑戦と今後について明るく語ってくれた。
「プランクは私のフレンドです」
新型コロナウイルス禍に伴う外出自粛の影響で、すっかり定着した感がある自宅トレーニング。様々なアスリートも、自宅から数多くのトレーニング動画を発信している。
ジムや各種競技の代替手段という側面が強いが、「手段」ではなく「目的」、つまり「競技」として自重トレーニングに励む人もいる。
2020年2月15日、元アメリカ海兵隊将校の62歳男性が、「プランク」のギネス世界記録を塗り替えた。今回、偉大な記録を打ち立てたジョージ・フッドさんから、直接お話を伺うことに成功した。
8時間15分15秒。1日24時間の約3分の1に相当する時間が、ギネス世界記録に認定された。プランクの姿勢保持時間記録である。
うつ伏せで体幹と足を一直線にし、爪先と前腕の4点で身体を支え、一定時間この姿勢を維持するプランク。横向きになったり、手や足を浮かせたりなど、バリエーションは多岐に及ぶが、この4点支持が基本だ。未経験者の場合、20秒程度で姿勢が崩れ、体幹の直線姿勢を維持できないことが多い。
そんなプランクの姿勢を、なんと8時間。睡眠以外で、これほど長く1つのことを続けることは、なかなかないであろう、気が遠くなる時間だ。しかも、プランク終了後も腹ばいには潰れず、ヨガの「チャイルドポーズ」を12分間取り、締めくくりに腕立て伏せを75回行なってみせた。
この記録を打ち立てたフッドさんは62歳。現在の一般的社会制度においては、定年退職者後世代に分類される年齢だ。
「フィジカルフィットネスは、海兵隊将校のリーダーシップの模範を示すものであり、その特性の1つです」と語るフッドさん。だが、“競技歴”は9年、記録に挑むのは50代になってからのことだ。
最初に記録を打ち立てたのは2011年。記録は1時間20分。その後、他の挑戦者が記録を更新することもあった。2016年、フッドさんと同じ会場で対戦(?)した、現役の中国版SWAT隊員の毛卫东(Mao Weidong)さんは、8時間1分1秒の記録を達成。なお、中国語でプランクは、「平板支撑」と表記するらしい。
ギネス世界記録のタイトル奪取を決意したフッドさん。18ヵ月間にわたり、1日平均7時間のトレーニングで、来る日に備えた。その内容は、1日4~5時間のプランクにとどまらず、腕立て伏せ700回、腹筋1セット100回で2000回、スクワット500回、アームカール300回など、全身を網羅するもの。プランクには、計2100時間を費やした。
迎えた本番。
英単語の“play”が全く相応しくない長い時間、中でも「7時間目が1番きつかった」という。そんな辛い時間帯には、BGMの音量を上げて、ガンガンに気分を駆り立てた。お気に入りは、ヴァンヘイレン、ディープパープル、トミー・ジェイムス&ザ・ションデルズ、ラムシュタインなど。1980年代、ロックスターに憧れたというフッドさんは、「少なくとも8時間15分15秒、私はロックスターだったんだ」と語る。
プランク愛は計り知れない。
「フィットネスは、これまでずっと私の1部であり、私の成功の重要な鍵でした。プランクに落胆させられることなど絶対にありません。結局のとこと、それはコアエクササイズであり、我々の存在そのものが、コアから始まるのです。私はプランクと共に成長しましたが、プランクは私のフレンドです。他のどんなエクササイズよりも、プランクは私のストレングスとコンディショニングを促進してくれました」
「私がすることは誰にでもできる」
ただし、少年時代から熱心にスポーツに打ち込んでいたわけではない。小学校から大学に至るまで親しんだのは音楽だ。演奏していたのはホルン。秀でたアスリートとしての実績を持たないどころか、学生時代にスポーツは行なっておらず、ホルン以外の特技はピアノ、やはり楽器だ。
人柄は慈愛に満ちている。「彼女の存在なしには成し遂げることは出来なかった」というメンタルコーチに対する謝辞を述べ、プランク中に想いを巡らせたという3人の子どもたちの存在について言及。また、今回のチャレンジは、メンタルヘルスの啓蒙活動の一環であり、ファンドレイジングを目的として行なわれたものであったという。
新記録を達成した時点で止めず、8時間15分15秒まで更に長く姿勢を維持した理由を、この啓蒙活動に関わるジムの名称“515 Fitness”に関連付けたためと説明する。今回のファンドレイジングでは、約1万ドルを達成したとのこと。
「ギネス世界記録とは別の国際記録も、4回達成しました」というフッドさん。
実は2年前の2018年6月27日に打ち立てた記録は10時間10分10秒、今回の記録を上回る。しかも、同じ日に、約8時間の“ウォーミングアップ”の直後に行なったプランクだ。連続10時間10分10秒と、24時間での合計18時間、これら2つの記録は、ASSIST World Records Research Foundationという団体によって、世界記録と認定されている。なお、この日のプランクも、別のファンドレイジングと結びつけて行なわれている。
フッドさんは、「次のことに移行する時が来ました」と、現役のプランク「選手」からの引退を表明。1時間の腕立て伏せ世界記録更新を、次の目標に据えている。現時点での記録は、2018年にオーストラリアで打ち立てられた2806回だ。なお、腕立て伏せ、腹筋(シットアップ)、スクワット、それぞれで、1時間、1日、連続回数など、多様なギネス世界記録が認定されている。
あまりにも謙虚な言葉だが、何歳であれ、身体を鍛えること、何かに挑戦することは可能であり、遅すぎることなど決してないのだと、フッドさんは教えてくれている。
緊急事態宣言が解除されつつあるが、まだなお外出自粛が求められている。多くのジムも休館を継続している。自重トレーニングに「飽きた」と言わず、発想を変え、手段を目的に変えて、記録に挑戦してみては、どうだろう。
考えてみれば、パワーリフティングも、スクワット、デッドリフト、ベンチプレスという、極めて基本的で一般的なトレーニング種目で記録を競う競技だ。道具を必要とせず、場所も年齢も関係なく、誰もが気軽に取り組める自重トレーニングの敷居は、更に低い。
Stay home, set a new world record!
求ム、世界記録挑戦者!
取材・文/木村卓二
写真提供/ジョージ・フッド
photos: by courtesy of Mr. George Hood