主にアスリートのパフォーマンス向上とコンディショニングに関わる領域、「ハイパフォーマンス」。これを請け負うのが、S&C(Strength and Conditioning)コーチだ。
オリンピック金メダリスト、NFLやNHLなどのプロ選手など、世界屈指のトップアスリートを指導、数多くの結果を残し、“世界最高のS&Cコーチ”との評価もあった“ストレングス先生”ことチャールズ・ポリクィン(※フランス系カナダ人であり、生前の本人のフランス語発音はシャルル・ポリカン)。その突然の死から、2年が過ぎた。今回は、いくつかのエピソードを紹介し、ストレングス先生の生涯を振り返りたい。
その生涯を「魔法のトレーニングプログラム」の探求に捧げた人だった。その始まりは、少年だったある日、“神の声”を聞いたこと。場所は、カトリック教会ではなく図書館。結果、齢14にして、日曜日に通う聖なる場所をカトリック教会から図書館に変更、独学でキネシオロジーなどの研究に没頭した。関節の機能不全に関する記事を初めて読んだ時、魔法に掛けられたような感覚に陥ったという。通っていた空手道場の先生がストレングストレーニングを導入していたことから、トレーニング関連の文献も読み耽った。
いつしか、フランス語の文献は全て読破した。のちに世界中でセミナーを開催し、英語での指導も多く行なったストレングス先生だが、母語はフランス語。この図書館通いの時代、英語を話すことができなかった。フランス語で読む文献がなくなると、英語の辞書を片手に日曜日の図書館通いを続け、ウエイトトレーニング、キネシオロジー、栄養学など、英語文献を読み漁った。結果、「トイレはどこですか?」というごくごく基礎的な日常会話のフレーズよりも、「回内は上腕筋の動員を高めるか?」という学術的英語表現を先に暗唱していた。
カナダに生まれ育ったストレングス先生の目は、探求心からドイツ、旧ソ連、フィンランド、アメリカなどに向けられる。S&Cの世界において“GVT”の3文字で通じるジャーマン・ボリューム・トレーニング(German Volume Training)に関する研究と普及は、特に大きな業績の1つだ。
求道者。往々にして、研究者や求道者は、どこか突き抜けて世間離れしたところがある。栄養に関する記事も頻繁に執筆していたが、特に推奨していた肉がヤク。そもそも、生息地がチベットなどに限定され、しかもその生息数が減少している希少種だ。一体どこで購入するというのか、笑いながら記事を読んだ記憶が蘇る。
突き抜けているものの、親しみやすさを感じさせる人でもあった。YouTubeなどに今も残る映像からは、温厚な語り口と表情が見て取れる。ウェブに多くの記事を出していたが、導入部分などにユーモアが溢れていた。いわゆる“つかみ”のようなものだ。そう考えてみると、ヤク肉を薦めていたのも、読者の関心を引くために考えた文章構成戦略の一環だったのかもしれない。
飽きさせないメニューを提示することは、トレーナーの課題の1つでもある。よくセミナーで訪れるある会場で、昼寝にいい場所を見つけたという四方山話のような内容から始まり、昼寝と筋肥大の関係について論旨展開したこともあった。また、生前の公式HPには、「力先生」という漢字3文字がデザインとして取り込まれ、しかも筆書きのようなアクション付きになっていたのだが、書き順が違っていた。何とも微笑ましく、勉強しようとする際の緊張を解いてくれたものだった。
GVTその他、数多くの研究を進め、多くのアスリートを成功に導いたストレングス先生。筆者も数多くのことを学んだ。GVT、テンポやダブルスプリットの詳細設定、トレーニング効率を上げるストレッチ、食餌、さらには筋肉の「休耕」という概念など、枚挙に暇がない。
生前、お目にかかることができなかったことが、非常に悔やまれてならない。だが、ストレングス先生の著書、記事、映像は、ほとんどが現在も入手可能だ。偉大な業績の数々は、これからも各競技のハイパフォーマンスの現場、世界中のジムに受け継がれていくことだろう。
文/木村卓二