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【渡辺華奈のデートするならジムがいい 第41回】人生を「タラレバ」で考えてみた

30年以上生きていると、どちらの道に進むか?みたいな人生の選択をいくつか経験してきました。物事に「タラレバ」はありませんが、今回は敢えて自分のターニングポイントを「タラレバ」で振り返ってみたいと思います。

 

自分にとって最初のターニングポイントは、小学校から中学校に進学するときです。中高一貫の渋谷教育学園渋谷中学校・高等学校に行くことになるのですが、地元の友だちと離れたくなかった自分は「絶対に行きたくない」と親に反抗しました。当時はそこまで柔道を本気でやるつもりはなく、好きでもなかったので、私立に行くよりも、仲の良い友だちがいる地元の学校に行きたかったのです。

 

とはいえ、小学生がいくら駄々をこねても親の決定は覆せません。結局、私立に進学することになり、今となっては大正解だったと思っています。

 

ここで「タラレバ」です。もしも自分が地元の中学校に行っていたら……。不良になっていたと思います(笑)。

 

地元の中学校は、当時、結構悪い生徒が多かったんです。小学生時代の自分は不良ではないものの、悪ガキの部類でしたし、体も大きいし、力も強かったので、ワルになっていたんじゃないかと思っています。親にも「アンタはあそこで渋谷に行かなかったら、変な男と結婚して今頃はシングルマザーになっていたんじゃないか」と言われます。親の言うことを聞いて本当に良かったと思います。

 

2つ目のターニングポイントは高校卒業後の進路です。東海大学に行くか、実業団の三井住友海上に行くか、迷っていて自分では決められずにいました。このときも最後は親のアドバイスが決め手でした。

 

高校卒業式のときの一枚

 

結果的には大学に行って良かったと思っています。大学に行って良かったのは上下関係を学べたことです。靴を揃えて、挨拶をしっかりして、先生が来たらイスを出して、上着を預かって……というように、社会に出てから必要な気配りをいろいろ学べました。また、先輩、後輩、OBも含めて人脈がすごく広がったことも良かったです。教員免許も取得したので、人間的な信用みたいなものにもつながっていると思います。

 

ここで「タラレバ」です。もしも三井住友海上に行っていたら……。物すごく強くなった可能性もありますが、挫折してフェードアウトした可能性もあると思います。高校時代の自分は、試合でなかなか実力を出し切れない、プレッシャーに強くないタイプでした。それをわかっていた親は「アンタはプレッシャーに弱いんだから、実業団に行ったらプレッシャーに勝てないよ。大学でノビノビやったほうがいいんじゃない?」と言われて、大学を選びました。親の言うことは聞くべきですね。

 

そして3つ目のターニングポイントは、MMAへの転身です。JRでチームからコーチの打診を受けたとき、同時に学校の教員という話もいただいていました。それまでのターニングポイントでは、親の言うことを聞いていたのですが、このときは違いました。

コーチ転身、引退の打診を受けた社会人時代

 

いろいろケガもあってボロボロだったので、親からは「もう選手はいいんじゃない?」と言われていました。中学進学、大学進学は親の言うとおりにしましたが、後悔したくなかったので、指導者の道ではなく、格闘家として現役を続ける道を選びました。もしもこのとき、引退して指導者の道にいっていたらどうなっていたかは想像がつきません。ただ、今はやりたいことをやらせてもらってすごく充実しているので、この選択で良かったと思っています。

 

こうして振り返ってみると、親の話も聞きつつ、ターニングポイントでは自分にとって良い選択をしてきたことを実感できます。これから先も大事な選択をする場面があると思いますが、後悔のない選択をしていきたいと思います。

 

 

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渡辺華奈(わたなべ・かな)
1988年8月21日、東京都出身。7歳から柔道を始め、高校ではインターハイ2位、アジアジュニア優勝などの実績を残し、東海大進学後、1年時に全日本ジュニア優勝を飾る。卒業後、JR東日本へ入社し、オリンピックを目指して競技を続けた。2017年に同社を退社し、格闘家に転身。同年12月3日にデビューを勝利で飾ると29日にはRIZIN初参戦で実力者杉山しずかに勝利。2021年よりアメリカ格闘技団体「ベラトール」に参戦している。所属はFIGHTER’S FLOW