絶望からの復活劇。フリー&グレコで世界一を狙うレスラー・成國大志に迫る【成國大志・前編】




国内大会で圧倒的パワーを見せつけてきたフリースタイル70キロ級・成國大志(MTX GOLDKIDS)は、4月モンゴル・ウランバードルで行われたアジア選手権を制覇。さらに、9月セルビア・ベオグラードで開催された世界選手権でも1回戦から3回戦まで快進撃を続け、準決勝は序盤4点のリードを奪われるも11-10の大逆転。

決勝戦の相手は、成國自身「パワーはもちろん、瞬発力、持久力も抜きん出ている。筋持久力が違うんでしょう」と評し、全米学生選手権を3度優勝しているアメリカのゼイン・レザフォード。それでも成國は試合開始直後から積極的に攻め続け、テイクダウンを奪いバックにまわって2点を獲得するや、そのままアンクルホールドを決めて相手を回しつづけ2分19秒テクニカルフォール勝ち。世界選手権初出場初優勝を飾った。

生まれつき筋肉の質、つき方が違うと言われる欧米の選手を相手に、しかも中量級で、力負けすることなく一歩も引かず、自分の得意技を次々と繰り出して世界の頂点に立った成國。ここまでの肉体改造に取り組んだきっかけは、2017年ドーピング違反による資格停止だった。

同年10月、成國はロシア・ヤクーツクで行われたドミトリー・コーキン国際大会に出場(成績はフリースタイル61キロ級第5位)したが、大会会場は試合後に温かいシャワーも浴びられない劣悪な環境。しかも、日本チームにはドクターが帯同していなかった。体調を崩した成國は帰国後、発熱。血が混じった痰が出るほどの気管支炎になっていた。

出場を決めていた全日本学生グレコローマン選手権は目前。多少のカゼなら薬など飲まず、自然治癒力で快復させてきたが、焦って子どもの頃よくかかっていた近所の医院に駆け込んだ。そこで処方された薬に含まれていた禁止薬物が、全日本学生グレコローマン選手権後のドーピング検査で検出されたというわけだ。

母、女子レスリングの黎明期、世界選手権2度優勝を誇る晶子(旧姓・飯島)は証拠・証言を集め、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構へ不注意だったが故意の過失がないことを申し立て、JADA(日本アンチ・ドーピング機構)と闘った。その甲斐あって停止は4カ月短縮されたが、それでも1年8カ月。成國には絶望しかなかった。

「レスリングしかやってこなかった自分からレスリングを取り上げられたら、何も残らない。この先、どう生きていけばいいのか。もう生きていても仕方ない。そこまで落ち込みました。でも、少したって落ち着いたら思うようになったんです、このままでは終われないって。ここまで自分を支えてきてくれた両親や妹、仲間たちのためにも、ここで終われるかって。ドーピング違反となったら、多くの人が離れていった。でも、最後まで自分のそばに残ってくれた人がいた。その人たちにも、ここで投げ出すわけにはいかないと。そうしたら、不思議と前向きになれて。よし、どうせ復活するなら、みんなをアッと言わせてやろうと。そうじゃなきゃ、おもしろくないじゃないですか。そこからです、トレーニングに打ち込むようになったのは」

成國大志にチビッ子の頃からレスリングを叩き込んだのは、母・晶子だった。同時に、体を鍛え上げ、トレーニングのノウハウを教え込んだのは父・隆大だった。父は柔道整復師、鍼灸師、NSCA認定ストレングス&コンディショニングスペシャリスト、JATI認定トレーニング上級指導者、健康体力づく事業財団認定健康運動指導士、中央労働災害防止協会認定ヘルスケアトレーナーなどの資格を有し、プロ野球選手や柔道オリンピック代表選手らをパーソナルトレーナーとして指導。明治大学ラグビーやクボタラグビー部などのトレーナーも務め、現在は「南青山PICS治療院」を開業している超一流のトレーニング・コンディショニングの専門家だ。

母・晶子さんと1枚の写真に収まった大志選手

成國は当時、青山学院大レスリング部員だったが、ドーピング違反による資格停止中は試合出場はもちろん、チームの練習にも一切参加できない。トレーニングは同大学のトレーニングルームで続けられた。来る日も来る日も、ひたすら体をいじめぬくトレーニング。

「レスリングを引退したばかりでひとつ先輩の礒田隆さんがずっとつきあってくれたんです。オヤジに教え込まれたトレーニングの基礎があったので、それを土台にメニューを考えて。二人で相談しながら。あの頃、一人だったらあそこまで追い込めなかったでしょうね。感謝しています。

もちろん、オヤジもいろいろアドバイスしてくれますが、一番ありがたいのは、時々トレーニングフォームをチェックしてくれること。トレーニングしていると、知らず知らずのうちにズレが生じるんです。手首やヒジ、ヒザの角度とか、つま先の向きとか。左右の違いとか。そうしたズレをそのままにしておくと、悪いクセがつき、トレーニング効果が落ちるし、ヘタしたらケガにもつながる。自分でも気づかない、ほんのわずかなズレも指摘してくれます」

資格停止1年8カ月・・・・・・途方もなく長い時間のようだが、成國にとってはそれほど長くはなかったという。

「最初はどれだけレスリングできないんだよと思いましたが、トレーニングを始めてからは長いと思ったことはありませんでした。目標を高く、大きく設定したからでしょうかね。むしろこの期間で目指す肉体改造ができるのかと心配になるぐらいで」

資格停止明けの2019年8月、東京・駒沢体育館で行われた全日本学生選手権。フリースタイル74キロ級のマットに成國が上がると、場内はどよめいた。ここまで鍛えられるのか。ここまで筋肉をつけられるのか。まさに日本人離れした体。鎧をまとったような肉体は美しかった。

しかも、試合が始まると見せるだけの筋肉ではないことを成國は証明した。相手を捕らえると軽々と肩にかつぎ、マットにたたきつけた。全6試合中5試合でテクニカルフォール勝ち。圧倒的強さで優勝すると、男子フリースタイル敢闘賞を受賞。快進撃が始まった。

(後編に続く)

取材・文/宮﨑俊哉
写真/森本雄大

成國大志(なりくに・たいし)
MTX GOLDKIDS所属。1997年11月13日、東京生まれ。いなべ総合学園高校、青山学院大学卒。全国少年少女レスリング選手権5度優勝。全国中学生選手権3連覇。インターハイ2013、2015年優勝。全日本学生選手権2016、2017(グレコローマンスタイル)、2019年優勝。2021年全日本選手権優勝。2022年アジア選手権優勝。2022年世界選手権優勝。