“修斗のカリスマ” 佐藤ルミナの現在地【ミドルエイジの挑戦#1】




「あと何回、夏を迎えることができるんだろう」

惰性にも似た状態での試合出場は続き、後に一時代を築く五味隆典とのウェルター級王座決定戦でも敗北。とことんベルトには見放されたが、一つ階級を落とすことで風向きが変わり2005年に自身初となるタイトル(環太平洋ライト級王座)の獲得に成功した。直後には地元の神奈川県小田原市にジム(ROOTS)をオープン。現在の基盤となっている、自然と融合するライフスタイルが本格的にスタートした。

「2005年の10月ですよね。ただ引退してから地元にジムを出そうとは漠然と思っていましたけど、『ベルトを獲ったから出すぞ』という感じではなかったです。ジムを出す2~3年前に知り合いから頼まれて、地元の古いスポーツクラブで週1回のクラスを始めたんですよ。地元に帰るついでにやっていたら、それが結構な人気になっちゃって。通っている方から週1回じゃもの足りないとか、なんとなくまわりが盛り上がってきて、それなら引退していないけどジムを出すかという感じで、流れで始めた感じですね」

当時は自分が受け持つクラスの日だけ小田原に帰るという生活を送っていたが、子どもが生まれたタイミングで帰郷。そこからはジム経営、一般社団法人日本修斗協会理事長、アマチュア修斗委員会委員長として修斗、MMAの裾野を広げる活動に尽力している。

その一方でライフスタイルの軸となっているのが、10代の頃から親しんできたサーフィンだ。MMAの普及に努めつつも、それと同じ熱量で波のチェックも欠かさない。状態がよさそうなら、迷わず早起きをして海へと向かう。サーフィンをしてから仕事、というのがルミナさんの基本的な時間軸だ。

 

「前日の夜に気象状況とか波の状況を調べて、朝の潮まわりとか自分の経験値とかを照らし合わせて行ける日は行きますね。多い時は週4とかで行っています。僕は『あと何回、夏を迎えることができるんだろう』とか、そういうことをよく考えるんですよ。80歳まで生きたとしてもあと30回。その30回目の夏まで全力でサーフィンができるのかと考えたらそれは無理だと思うので、そうすると全力で楽しめるのは5年、10年しかない。今をめいっぱい楽しまないと時間がもったいないので、時間を見つけては海に出かけています」

◆残された健康寿命