自分の内面で起こり続ける変化と、負けた悔しさに比例してあふれ出してくる向上心。いつしか稽古内容は型ではなく組手がメインになった。体力が続くかぎり、ユース勢と戦い続ける覚悟もあった。だが、運命の歯車は思わぬ方向へ動き出す。
スイスのアン・ポリメロが日本人選手を立て続けに破り型部門を制覇したのは、国際大会として開催された2018年のDFだった。
「王座は日本が獲らなければいけない。もう一度、型にチャレンジしなさい」
世界大会で二度チャンピオンに輝いた塚本徳臣支部長の言葉を受け、谷口に空手母国の一員という新たな自覚が芽生えた。それがきっかけとなり、組手と並行して型部門で再び優勝記録を積み重ねていくことになる。
そんな中、4年に一度の世界大会に型競技の導入が決定。自分はそこにトライできる選手だろうか――。正直な不安を小井師範にぶつけると、「やるしかない。ぜひやりなさい」というエールが返ってきた。
師のアドバイスを受け、谷口が取り組んだのは肉体改造だ。これまで行なっていたチューブトレーニングに加え、初動負荷トレーニング®を週2回、さらにパーソナルジムで筋肥大と筋出力を高めるトレーニングを週2回取り入れた。
「年齢を言い訳にせず、若い選手と比べるのでもなく、自分自身の成長率をどれだけ伸ばせるか。それによって日本代表というチャンスが見えてくるんじゃないかと思っていました」
日の丸をかけた選抜戦の舞台は2023年7月のDFに用意された。全世代のトップクラスが名を連ねる国内頂上決戦。そこで谷口はベスト8に入り、過去の実績を踏まえての推薦枠で代表に滑り込んだ。
驚くべきは、同じ日に行なわれた組手部門でも優勝をはたしていることだ。対戦相手が全員他流派というプレッシャーもある中、決勝戦では上段廻し蹴りで技有りを奪う圧倒的な戦いを見せた。
組手と型という2競技の両立は簡単ではなかったが、そこにあえて向き合ったことがブレイクスルーを生み出したと谷口は考える。
「組手をやらなかったら、型はうまくなっていなかったと思います。実際に叩く、蹴るという感覚を知らなければ、今のような型はできませんでした。日本代表に選んでいただいたからには、これまでの経験を活かして空手人生をかけた最初で最後の勝負をしたい。そのために自分自身の最大限を表現しないといけないと思います」
このタイミングで型の世界一決定戦が誕生したという偶然は、谷口にとって幸運だったと言える。だが、遅咲きの空手家がそのチャンスをつかんだのは運ではない。
小井師範は言う。
「彼女は“負けに負けない”姿勢が強い。出会った頃はただ元気がいい華奢な女性という印象でしたが、ここまで空手家としてたくましくなった。本当に驚いています。28歳で空手を始めた女性が、できる限りのことをコツコツと続け、組手ではユース世代に負け、それでもあきらめずに挑戦を続けてきた中で4年に一度の全世界選手権というチャンスを手繰り寄せた。これは稀有なケースではないかと思います」
夢を抱くのは若者だけに与えられた特権ではない。素直でひたむきな姿勢、敗北や失敗を怖れない挑戦心、周囲をも明るくする前向きさ――そうした心の武器が谷口を人生最大のステージへと羽ばたかせた。
(後編に続く)
【大会情報】
第13回全世界空手道選手権大会
主催:全世界空手道連盟新極真会
日時:2023年10月14-15日(型部門は14日10時からスタート)
会場:東京体育館
新極真会HP
文/本島燈家
写真/長谷川拓司、少路昌平、新極真会、全日本フルコンタクト空手道連盟
取材協力/株式会社 箔一