女性の尻トレは必要で望ましい行為 「種の保存」の観点からも、二足歩行の生き物としても




日本人の体型はヒップアップに不利?

女性の間で「お尻を大きくする」トレーニングが流行しています。

かつては「小尻」がもてはやされた時代もありましたが、今になって真逆の価値観が出てきているのはおもしろい現象です。ネクタイの太さのトレンドが時代とともに変化しているように、お尻の好みが周期的に変わっていくわけではないと思いますが、戦後の日本においては珍しい流れになってきていると感じます。

お尻を大きくすることで健康面に影響があるかどうか、NHKからの取材を受けたこともあります。これもお尻が注目されていることの証でしょう。

健康に直接的な影響があるかどうかは疑問ですが、女性の場合、出産しやすいという機能面から、お尻が大きいことはプラスになると言えます。もともと女性は男性よりも骨盤が広く、出産しやすい骨格になっています。その上に大殿筋のような大きな筋肉がつくと、男性は本能的に「この人は子どもを産みやすい体型だな」という価値判断を下し、「種の保存」の観点から無意識で惚れてしまうという現象が起こっている可能性があります。

女性の魅力の一つに「くびれ」が挙げられますが、これもお尻が大きくなった結果として表われるプロポーションなので、もしかするとそれは「くびれ」ではなく、お尻に魅力を感じているのかもしれません。

世界の美ボディが集結した2023年の「マッスルコンテストジャパン」 (C)VITUP!

【画像】世界の美尻

ということで、「お尻が豊かなほうがいい」というのは特別不思議な価値観ではなく、むしろノーマルな嗜好性だと言えます。

アメリカのボディコンテストを見ても、勝ち残るのは信じられないほどヒップアップしている選手ばかりになってきました。お尻の位置が非常に高く、男性が見ても女性が見てもカッコいいと感じるスタイルです。それが採点の重要なポイントにもなってきていることもあり、そうした価値観がアメリカを発信源として世界的に広がってきているのでしょう。

ただ、この点において日本人を含むアジア人は欧米人と比べて不利だと言えます。なぜなら、骨盤の角度が違うからです。

欧米人、とくに黒人は骨盤が前傾しているので、お尻が上に向いているような体型になりやすくなります。そこに大殿筋がしっかりつけば、自然にヒップアップされるわけです。一方、多くのアジア人は骨盤の前傾が小さい、あるいは後傾気味なので、素直に大殿筋がつくと真横に張り出したり、下向きにふくらんでしまったりする傾向があります。横から見ると、どうしても欧米人のような形にはなりにくいという現実があります。

コンテストで勝つには、そうした先天的な不利を克服しなければいけないということで、なかにはお尻にシリコン注射を打ってしまう人もいるようです。大会によっては、すでにそれが問題視されてきています。コンテストの公平性を保つためには許されないことですが、これもお尻が重要視されていることを示していると言えるでしょう。

お尻の発達は女性の機能面に関わると前述しましたが、じつはそれ以前に、人間という種を特徴づける要素でもあります。

ゴリラやチンパンジーを見ると中殿筋やハムストリングスは発達していますが、大殿筋は意外と貧弱です。では、なぜサルからヒトになる過程でお尻が発達したかと言うと、それは直立したからに他なりません。

四足から二足になるには、他の動物ではありえないほど股関節を伸ばして立つ必要があります。それを維持するために大殿筋が発達せざるを得なかったわけです。その経緯から考えると、ある意味、発達したヒップは人間らしさを象徴していると言っても過言ではないのです。

この点からも、トレーニングによってお尻に筋肉をつけることは人間らしく生きるために必要で、望ましい行為であると言えます。

お尻の筋肉は、加齢の影響を受けやすいというデータがあります。不思議なもので、殿筋群、背筋群、大腿四頭筋といった直立に必要な筋肉ほど、年齢とともに衰えやすい傾向があります。そうして腰や背中、膝が曲がり、少しずつ類人猿の姿勢に近づいていくのです。

これは死に向かっていく生物としての自然な現象なのかもしれませんが、寿命が延びている現代においては、姿勢の崩れによって転倒の危険を減らすためにも、これらの筋肉をしっかり鍛えておきたいところです。

女性だけでなく、今後は男性のお尻トレーニングも見直されていくかもしれません。

 

※本記事は2017年に公開されたコラムを再編集したものです。

【解説】石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。