筋肉のサイズをコントロールする「マイオスタチン」
体内の臓器や細胞が生理活性物質を分泌し、細胞間・臓器間のネットワークを構築しているというお話を前回しました。
その物質を「サイトカイン」、とくに筋肉が分泌するものを「マイオカイン」と呼びますが、マイオカインという用語が提案されたのは2005年。この年に前回紹介した IL-6 が運動によって筋肉そのものから分泌されることが報告されました。とくに、この物質が筋肉だけでなく、脂肪や肝臓などの他器官に作用するという点が着目されました(この点については次回に詳説しましょう)。
一方、筋肉が分泌するサイトカインという観点で見ると、それ以前から複数の物質が同定されていました。トレーニーなら知っている人も多い「マイオスタチン(ミオスタチン)」もその一例です。
マイオスタチンは1997年に英国の学術誌「Nature」に報告されました。ヨーロッパで伝統的に肉牛として育種されてきた筋肉量の非常に多い牛(筋倍加変異/ダブルマッスリングミューテーション)の遺伝子を解明し、その原因が筋肉のサイズをコントロールするタンパク質の欠如であることがわかり、その物質を「筋肉の(マイオ)」「サイズを一定に保つタンパク質(スタチン)」という意味でマイオスタチンと命名したのです。
筋肉の太さは筋肉自身がコントロールしている
マイオスタチンは筋肉が必要以上に太くなるのを抑えるので、遺伝子が変異を起こしてマイオスタチンがつくれなくなると際限なく筋肉が肥大してしまい、トレーニングをしなくても筋肉が極端に肥大してしまうわけです。
マイオスタチンは筋肉がつくっているので、筋肉は自分自身を制御していると言えます。筋肉はエネルギーを多量に使うので、無駄に太くなると体として不経済。また、体を大きくしたくないのに筋肉が太くなってしまうと困ってしまいます。ですから、マイオスタチンをつねに一定量生成することで過剰成長を抑えているのです。
しかし、筋トレをして筋肉が強く収縮するとマイオスタチンの生成が減り、それによって筋肉が太くなりやすくなります。これは筋肉に強い負荷がかかることで、エネルギー的に不経済になったとしても筋肉を肥大させる必要があると判断されるからでしょう。
がんのような病気による筋萎縮(カヘキシア)、また加齢に伴う筋萎縮(サルコペニア)にもマイオスタチンが関係していると考えられるようになり、現在はこれらを予防・改善する目的でマイオスタチンの拮抗薬も盛んに開発されています。
一方、逆の作用をするマイオカインもあります。たとえばIGF-1(インスリン様成長因子1)は、筋トレをすると同じく筋肉から分泌され、筋肉自身を太くする作用があります。
つまり、筋肉はIGF-1をアクセル、マイオスタチンをブレーキとして上手に使いながら、必要に応じて自身のサイズをコントロールするという、すごいことをしているのです。
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。