人間の速筋の割合は50% 動物界「短距離走ランキング」では下位グループか?




大型動物ほど遅筋が多く、小型動物ほど速筋が多い

速筋・遅筋について、前回は魚類を中心に解説しました。今回は哺乳類を見ていきましょう。

哺乳類全体で見ると、大型の動物ほど赤身型(遅筋線維が多い)で、小型になるほど白身型(速筋線維が多い)という傾向があります。その理由は次のように想像できます。

基本的に動物の体の体積は長さの三乗、横断面積は長さの二乗に比例します。たとえば同じ形のまま体長が2倍になると、体重は8倍になりますが、筋横断面積は4倍にしかなりません。

したがって、地球の重力のもとでは大型の動物ほど立っているだけ、姿勢を維持しているだけで、小さな動物より持続的な筋力発揮を求められることになります。

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陸上で生活をするようになった時点で、水中にいるよりも抗重力筋である遅筋線維の役割が大きくなりました。そして質量が大きくなるほど体を支えることが大変になるので、そのぶん遅筋線維を大きくしないと重力のもとで満足な動きができなかったのでしょう。

それをわかりやすく示す例があります。

私たちがよく実験で使うネズミには、小型の「マウス」と、ひとまわり大きい「ラット」がいます。両者の大きな違いは筋線維組成で、マウスは全体的に速筋線維が非常に多く、ラットは速筋線維型の筋肉と遅筋線維型の筋肉がはっきり分かれています。

典型的な抗重力筋である後肢のヒラメ筋は、ラットの場合、90%以上が遅筋線維です。ところが同じヒラメ筋でも、マウスの場合は遅筋線維が40%程度。体重の軽いマウスは、遅筋線維の割合が小さくても、相対的に小さな筋力で体を支えることができるので大丈夫なのだろうと考えられます。

では、ヒトの筋線維組成はどのようになっているのでしょうか?

ヒトは遅筋線維型の生き物?

哺乳類の中では、ヒトはかなりサイズの大きな部類に入ります。ですから全体の中で見ると「遅筋線維型の生き物」と言っていいでしょう。

つまり、素早く走ったり跳んだりするよりも、ゆっくり長く歩くことのほうが得意なタイプ。有酸素的な能力にすぐれ、それほどスピードは出ないけれども、持続的な動きをしやすいようにできている種と言えます。

「速く走る」という課題が与えられた場合、ヒトは動物界のランキングではかなり下のほうになるでしょう(もちろん速く走る能力は、筋線維のタイプだけですべてが決定するものではありませんが)。

ただ、速筋線維と遅筋線維の割合は平均すると50:50(体積ではなく、筋線維の数の比)。ある程度のスピードがあり、ある程度のスタミナもあるということになるので、動物全体の中では比較的バランスが取れていると言えるかもしれません。

中にはチーターのように、比較的体の大きな種でありながら速筋線維を多く持っている動物もいます。時速100㎏を超えるスピードを発揮できるのもそのためです。多くのデータがあるわけではありませんが、チーターは70%以上が速筋線維であると報告されています。

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ただ、それだけのスピードを得た代償として、チーターはスタミナをあきらめることになってしまいました。ですから短時間で獲物を捕まえることができた時はいいのですが、獲物に逃げ切られてしまうと腰が抜けるほど疲れ切って動けなくなってしまいます。

チーターほどではないにしろ、ネコ科の大型動物には似たような傾向があります。たとえばライオンもスタミナには難があり、集団で狩りをしないと十分に獲物を確保することができないといわれています。

スピードや力を少し犠牲にしても、より長時間の活動を安定的にできるようにするか。スタミナがなくても、とにかくスピードが出るようにするか。それとも、その中間くらいがいいのか。筋肉はそれぞれの動物の生活のしかたに適合するように進化してきたと考えられます。

次回はヒトに的を絞り、さらに筋線維の進化について考察しようと思います。

 

※本記事は2019年に公開されたコラムを再編集したものです。

【解説】石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。