注目されるスポーツ遺伝子 パワー・スプリント系の競技は黒人が有利? 日本人の特徴は?




日本人の約30%は「ACTN3」がXX型 欧米人は15%

前回に続き、ヒトの進化と筋線維組成について考えてみたいと思います。

最近よく知られるようになってきた言葉に「スポーツ遺伝子」があります。中でも注目されているスポーツ遺伝子は「ACTN3」。これは速筋線維で生み出される「αアクチニン3」というタンパク質をつくる遺伝子ですが、その遺伝子には個人差(「遺伝子多型」)があることがわかっています。

ヒトの場合、正常なαアクチニン3をつくれる「R型」と、まったくつくれない「X型」という変異型の遺伝子があります。

西アフリカの黒人はR型を持つ人が大半で、父方と母方の両方がR型である「RR型」の遺伝子を持つ人も多いようです。「XX型」の遺伝子タイプの人は3%程度しかいないとも言われています。
一方、日本人をはじめアジア人はXX型が多いという特徴があり、人口のおよそ30%。欧米人の場合は15%程度がXX型と報告されています。

パワー系・スプリント系のトップレベルの選手はR型を持っているケースが多いようです。オリンピックレベルのアスリートになるとほぼ全員がRR型またはRX型で、XXは皆無だったというオーストラリアの研究論文が2003年に発表され、研究者の間で話題となりました。

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一方、持久系の競技では半数がX型を持ち、XX型も30%ほどなので、持久力にはX型の遺伝子が若干有利のようですが、R型が不利とまでは言えないでしょう。

この結果を見るかぎり、そもそもパワー系やスプリント系に向いている筋肉を持った集団が存在していることは間違いなさそうです。それがアフリカ系の黒人であるとはまだ言い切れませんが、少なくとも人種によって筋のパフォーマンスに関連する遺伝子が違うということは認めざるを得ないでしょう。

狩猟or農耕という生活スタイルが遺伝子を変化させた?

なぜそのような状況が生まれたのかは、現時点ではよくわかりません。ただ、ヒトの進化の過程で、それが求められた可能性はあります。つまり、そういう筋肉を持っていたほうが、その土地で生存するために有利だったということです。その結果、ある地域ではR型を持った人が増え、また別の地域ではX型を持った人が生き残ったということは十分に考えられます。

もしかしたら、その違いは狩猟と農耕という生活スタイルにも関係しているかもしれません。狩猟を中心とした生活では跳んだり走ったりする瞬発系の能力が重要になり、逆に農耕型では重心の低い姿勢を維持しながら長時間ゆっくりした動きを続ける能力が問われます。その違いが筋肉にも反映されてきた可能性もあるでしょう。

生まれ持った遺伝子のタイプは後天的に変えることはできませんが、たとえばX型だったからと言ってパワー系・スプリント系の競技に向いていないとは断言できません。実際、トレーニング経験のない人では、XX型の遺伝子を持つ人のほうがRR型の遺伝子を持つ人と比べ筋力トレーニングを行なった時の伸びが大きいという報告もあります。

ただ、XX型の人は筋肉が傷つきやすく、筋力低下からのリカバリーもRR型と比べると遅いことがわかってきています。ですからRR型の人とXX型の人が同じレベルで激しい筋力トレーニングを行なうと、XX型の人はオーバートレーニングに陥りやすいと考えられます。

XX型の人はそれを理解した上で強度や量を少し抑えたり、質にこだわったトレーニングを選択したりしたほうがいいかもしれません。

逆に、RR型の人はトレーニングに対する筋の感受性が低く、より厳しいトレーニングをしないと十分に伸びないかもしれません。

自分の遺伝子タイプが望んでいたものでなかったとしても、それを考慮した上で適切なトレーニングを行なえば、必ずしも弱点になるわけではないと思います。

 

 

※本記事は2019年に公開されたコラムを再編集したものです。

【解説】石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。