JOC傘下だからこその難しさを抱えるJBBF
――昨年はイスラエルでの経験もあり、岡田先生は「もっとも多くのドーピング検査を受けた日本人」と1人だと思います。
「はい、もっともクリーンなボディビルダーだと思いますよ(笑)」
――中でも、ポリグラフ検査(いわゆる嘘発見器)を経験した数少ない選手でもあると思います。日本では、具体的にどのような方法で行なわれるか知らない方もいると思いますので、ご説明いただけますか。
「嘘発見器自体は、なんとなく聞いたことはあるかと思います。心理学的な検査や警察の取り調べなどにも用いられるもので、質問に対する回答により発生する生体反応をモニタリングし、複数の生体信号の変化を見ているようです」
【第3回】“棲み分け”が日本にはない 海外とのドラッグ事情の違い
――変化を見抜くための質問というのは、どういったものなのでしょうか。
「検査は30分くらいかけて何十問も聞かれるのですが、質問の中身はさまざまでした。直接的な質問や専門的な質問もあれば、まるでドーピングに関係ないような質問まで。昨年は2度ポリグラフ検査を受けましたが、まったく異なる内容でした。おそらく、膨大な質問のパターンがあるのではないかと思います」
――日本への導入に向けて岡田先生も動いているとのことですが、なかなか簡単ではないですか。
「今の段階では、現実的にはかなり難しそうです。機械の問題、検査官の問題、当然お金の問題、運用の問題…全てにおいてです。イスラエルでは、ポリグラフ検査を扱う民間企業があり、そことの協力で実施していましたね。日本にはそのような民間企業は存在しないので、まずはそれの立ち上げからになりますが、立ち上げたところで莫大な費用がかかり、利益はどうなるか…おそらく赤字にしかならないと思います」
――岡田先生も出場されてきた日本ボディビル・フィットネス連盟(JBBF)の大会において、尿検査はJADA(日本アンチ・ドーピング機構)の検査として継続して行なわれていますが、やはりこれだけでは足りないとお考えですか。
「世界的に見ても、尿検査しかやらないというのは中途半端だと考えています。血液検査も少ないながらも行われますが、血液も尿も代謝物から調べるという点では同じですから、代謝期間を考えてすり抜け可能です。ボディビルの世界では、ポリグラフ検査+尿検査あるいは血液検査、これが主流ですね。ナチュラルを謳う世界のボディビル団体は、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)のやり方だけ、すなわち尿検査や血液検査では足りないと判断しているようです。ドーピングには、検出が難しい薬剤があることや、10年以上もの効果残存期間があると科学論文で指摘されていることから、過去の使用状況も含めて検査できるポリグラフ検査がマストなのです。日本がいくら頑張って尿などの代謝物の検査数を増やしたところで、世界水準には届かないと見ています」
――JBBFは日本オリンピック委員会(JOC)の傘下にあり、JADAやWADAの検査方法に従って行なわなければいけないのは、クリーンな団体を目指す上で、ある意味でネックになってしまっていると。
「そこが難しいところですよね。WADAやその傘下のJADAは、オリンピック競技に対応した検査方法を構築し、実施しています。ボディビル以外の競技は、これでかなりの抑止効果があるのですが、それでもオリンピックでさえも陽性反応が出ますよね。代謝物の検査では、すり抜けようとする選手たちが一定数いるのです。ボディビルではその数はさらに多くなります。しかしWADAやJADAと別のやり方でやるなら、おそらく助成金も出なくなるでしょうから。そうなれば大会運営も厳しくなるし、自腹で別の方法でやるとなれば、選手の出場費を大幅に値上げさせざるをえないでしょうから」
――「検査数をもっと増やせ」という声は常に出てきますが、重要なのはそこではないと。
「増やせない理由にお金の問題が大きな割合を占めているのは間違いないですが、JOC傘下団体と違うレギュレーションになってしまうことからも、やりたくてもやれない事情があるということです。JOC傘下の他競技は、そこまでやらなくてもいいのが現実です。一方でボディビル競技に関しては、絶対にそうはいかない。これまでの圧倒的な陽性者数の多さがその証左です。だからこそ世界ではポリグラフ検査の導入が進んでいるのですが、ポリグラフ検査の精度に対して懐疑的、オリンピックもそうなのだから尿検査で十分だと考えている人はけっこういるのではないかと感じています。しかしこれはボディビルダーには当てはまらないものであると、世界の潮流から思います」
――尿検査をやれば、違反者は見つけられるだろうと考えている人が多いのでしょうか。
「かもしれません。あまりにも脇が甘い印象があります。尿検査、すなわち代謝物の検査では検出できない物質もあるし、すり抜けも可能だから、心理検査も加えよう、という合理的な発想で世界のナチュラルボディビル界は動いていると感じます」
(第5回へ続く)
インタビュー/木村雄大
【PROFILE】
岡田隆(おかだ・たかし)
1980年、愛知県出身。日本体育大学教授。博士(体育科学)、理学療法士、骨格筋評論家「バズーカ岡田」。東京大学大学院満期退学。元柔道全日本男子チーム体力強化部門長として、全階級メダル制覇(リオ五輪)、史上最多金メダル5個(東京五輪)に貢献。実践に基づく研究を信条としており、究極の実践としてボディビル競技にも挑戦している。日本ボディビル・フィットネス連盟(JBBF)主催の第34回日本マスターズボディビル選手権大会 40歳以上級優勝(2022年)、ゴールドジムジャパンカップ2022 ボディビル75kg以下級優勝などのほか、2023年はWNBFプロボディビル世界選手権 マスターズクラス優勝を達成。相澤隼人(日本男子ボディビル選手権3連覇)、五味原領(日本クラシックフィジーク選手権優勝、IFBB世界選手権クラシックボディビル168cm以下級優勝)らを輩出した日本体育大学ボディビル部の顧問も務める。『70歳からの人生を豊かにする 筋トレ』(高橋書店)、『世界一細かすぎる筋トレ図鑑』、『世界一細かすぎる筋トレ栄養事典』、『世界一細かすぎる筋トレストレッチ図鑑』(以上、小学館)など著書多数。
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