筋トレは「人類の存在」を守る知恵【筋肉博士・石井直方 INTERVIEW】




老若男女が筋肉に目を向けている新時代。トレーナーやジムの数は年々増加し、フィットネス業界も成長を続けている。かつてボディビルのトップ選手であり、筋トレが生活の一部となっていた石井直方・東京大学名誉教授は、この現状をどう見ているのか? また、科学の進歩によって大きく変化した環境に人間はどう向き合っていくべきか?

現代は人間にとって不都合な社会になっている

――「筋トレは人類の存在を守る知恵である」と以前話されていました。これはどのような意味だったのでしょうか。

石井 人間は昔に比べれば健康になっていると言っていいと思うんですよね。寿命も延びていますし、70~80歳になっても現役で仕事ができる時代になってきていますので。ただ、それは医療技術や社会インフラなど社会全体が豊かになった影響が強く、それを享受しているのが今の人間だと思います。栄養がよくなり、飢餓の心配もない。仕事をする上でも余分なストレスを体に与えなくていい。遠くに移動するにも便利な交通手段がある。そういうふうにして人間が元気に幸せに暮らせる社会づくりが進んできたと思いますし、それは正しい進歩であると肯定するわけですけれども、ややもすると便利な世の中になることが人間が本来持っている体の機能にマイナスになってしまうフェーズがいつか来るんじゃないかと思えるわけですね。

――と言いますと?

石井 そもそも人間は生き物ですので、自分の体を動かして生きるための糧を得る生活をする体になっているわけです。人間のデザインというのは、たとえばビルの3階に上がるのに階段をのぼらず、エスカレーターで運んでいってもらうことが前提になっていません。体を動かすことで今の体の平衡状態が保たれていて、それが長続きするようにできているはずなんですけれど、それに対してここ100年ぐらいの進歩がちょっと速すぎる。人間の体にとって適切でないスピードで便利になっているのではないかと。へたをすると1日階段を1段も上がらずに生活できてしまうこともあるかもしれなくて。

――たしかに、そうですね。

石井 動くことが前提となっている人間の体は1000年前と変わっていないのに、人間が暮らしている環境が体を動かさないようになってきている。体を動かさないということは、まず筋肉がいらない世の中にだんだんなっていく。骨も必要なくなって、やがて体全体も必要なくなって、頭さえあればいいみたいな。そういう方向になってしまうことが危惧されるということでしょうかね。でも、エレベーターやエスカレーターを全部撤去して100年前の社会に戻すわけにはいきませんし、ラクに仕事をこなせる世の中にしていくことは重要なんですが、その対価として人間の体の機能を衰えさせないような知恵が必要で、その知恵のひとつが筋トレなんじゃないかなという気がするんですね。無駄なことのように思えるかもしれないですけど、筋トレが人間の体にとって必要なこととして行なわれてきて、今なんとなく発展してきているのは、そういう要求なり要望が知らないうちに働いているのかなという気もするんですね。

――なるほど。今も人間の体は3分の1~2分の1近くを筋肉が占めているわけですから、それを使わずにいるとおかしなことになっていきそうですね。

石井 脳だけ人間になってしまうには何万年とか、もっとかかるかもしれない。進化には何千年・何万年という長い時間が必要ですけど、人間の体と社会のアンバランスというのは、ここ100~200年の話なんですよね。これは人間の体がどう進化するかという問題以前に、人間の体にとって不都合な社会にどんどんなっているということに他ならないと思います。

筋肉研究のパイオニアとして数々の成果を残した石井教授

筋トレ需要拡大のブレイクスルー