筋トレは「人類の存在」を守る知恵【筋肉博士・石井直方 INTERVIEW】




筋トレ需要拡大のブレイクスルー

――脳や内臓などの繊細な機能も、体や筋肉を動かす生活をすることで適切に維持されているのかもしれない。

石井 まさに、そう思いますね。

――速すぎる進化への抵抗という意味でも、現代の人間は筋トレをするべきなのでしょうか。

石井 科学的なトレーニングは進む必要があると思うんですね。人間の知恵であるわけですので、昔のように野蛮な筋トレをすればいいというわけではなく、余分なストレスは少なくしておいて、人間の体にとって必要な刺激が与えられるような。昔、畑を耕したり、牧畜をしたりして筋肉を使っていたことに類する刺激をごく短時間で、たとえば10分で与えられればそれは素晴らしい技術だと思います。科学としては、そういう方向性が必要になるのかなと。体の機能が損なわれはじめる40代ぐらいになった頃から、心してそういう生活をしていくことも必要になってくるという気がしますね。

多忙な研究生活と筋トレの実践を両立してきた

――実際、筋トレ人口は増加の一途です。

石井 驚きですよね。1990年代ぐらいと比べると180度方向が違っているような(笑)。エアロビックはその頃から推奨されていて今も健康にとって重要なんですけれども、こと筋トレに関しては1990年ぐらいは「健康にとってマイナス」という見方が強く、「好きなヤツはやればいい」という雰囲気だったんですけど、ここまで世の中が筋トレに前向きになるとは思ってもみなかったですね。1990年ぐらいから「健康のために筋トレがいいですよ」と言ってきた本人としては非常にうれしい変化ではあります。極端に筋トレだけやっていればOKという風潮はよくないと思いますけれども、適切で賢い筋トレは人類のためにもいいものであるという、そういう方向に進んでくれればありがたいですね。

――筋トレ業界の発展は先生のご活躍も大きかったと思います。

石井 そういうこともなくて、世界的に1990年ぐらいから筋トレに関する研究が進んだというのはあると思います。僕と同じような考えを持っている人が当時のアメリカあたりにもけっこういたんですよね。いろいろなところから研究成果が出てきたというのが大きいのではないかと思います。1970~1980年ぐらいに筋トレを一生懸命やった人が研究者になって、1990年ぐらいから筋トレの研究成果を出しはじめて今に至る。歴史的な流れとしては、そういったことが根底にあるような印象を持っています。

――ダイエットやボディメイクに効果的であることが浸透してきたのも大きな変化ですよね。

石井 それはひとつのブレイクスルーかもしれないですね。筋肉だけデカくすればいいというのではなく、脂肪を減らして健康的なきれいな体をつくるために筋肉が必要であるということが理解されたのはすごく大きいですね。一時期はただ痩せていればいいという時代もありましたのでね。また、こういった広がりを支える基盤と言うのかな、たとえば筋トレを指導できるトレーナーが増えて、そういう中から発信力のある人が出てきて、インターネットの情報空間の中に効果的に広がって……そのあたりも相乗的に作用した気がしますね。

ボディビルダーとしては2度日本一に輝き、世界選手権でも3位に入賞

――最近はコンテストも盛んですが、競技者としてはどんな思い出がありますか。

石井 競技者としては僕はあまり息が長かったわけではなくて、パッと出てパッと引退してしまったみたいな感じですのでね(笑)。2回ミスター日本を獲るというのはあまり前例がなかった時代ですけど、どちらかと言うと、いきなり学生から出てきて獲ってしまった感じでしたから。本人としては、もう少し息長くてきたかなという気持ちはあります。31歳で世界選手権に出て、46歳でカムバックしましたけれども、競技者としてはもうちょっとやれたかなと、少し不完全燃焼的なところはありますね。今の人たちを見ていると、本当にすごいですもんね。合戸(孝二)さんのように60歳でミスター日本に出るとかね。自分としても、もう少し身をもって示さなければいけなかったかな、という気はします。一方では相澤(隼人)君のような若く素晴らしい選手も出てきていますので、そういう点では将来が楽しみではありますよね。僕も悪性リンパ腫をやる前は、定年したら70歳以下のクラスとかに出ようかと思っていたわけですけど、おなかに40cmくらいの傷ができちゃうと、なかなかもう1回という気にはならないですね(笑)。

「私」とは何か?