最高の認知症予防は運動? 筋肉から脳を活性化する物質も




脳はアウトプットすることで機能する

脳は「出力依存性」の器官と言われています。それは、アウトプットすることによって初めてメモリーとして保存されるという特性があるからです。

赤ん坊が手の指を動かしながら、それをじっと見つめていることがあります。脳から司令を出すと、こういうふうに手が動くということを目で確認しているのだと考えられています。そのうちに目で確認しなくても、思った通りに指が動かせるようになります。そのような取り組みを続けることで、さまざまな動作を体得していくのでしょう。

私は脳科学の専門ではありませんが、生まれたままの状態では脳には何もプログラミングされていないのだと思います。ですから、一つひとつ確認しながら新しい動作をプログラミングしていく過程が必要で、プログラミングを行なうごとに脳も発達していくのだと思います。

全身を使った運動でも、新しい動作を体得する際にはいろいろな試行錯誤を行ない、その結果として成功した時の動きが定着すると「その動きがプログラミングされた」ということになります。

ここで重要ことは、アクションを起こさないかぎり、いくら頭で考えてもプログラミングはされないということです。テレビ画面に向かって格闘ゲームやサッカーゲームをしながら「できた」と思っても、実際の動作は絶対にできません。

よく言われるたとえですが、自転車に一度乗れるようになると、しばらく乗らなくても乗れないようにはなりません。それも脳にプログラムがつくられているからですが、そうなるために重要なのは「乗れた」という成功体験です。

研究結果が示す運動の有効性

運動をすることで脳は活性化すると言われます。それは運動をすることで新しいプログラムがつくられていくからなのかもしれません。高齢者に関しては、運動が認知症の予防に有効という疫学データも数多く発表されています。私が知るかぎり、現時点で認知症予防に最も効果的なのは運動です。

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あるアメリカの研究者が、80歳以上の高齢者を対象に、よく運動するグループと、あまりしないグループを比較しました。上位10%と下位10%でデータを取ってみると、認知症になる確率は、運動しない人たちが約3倍も高いという結果が出ました。

ただ、その理由については諸説あります。

たとえば、よく運動する人というのは、よく移動する人でもあり、その時の環境の変化が目や耳などの受容器を通して脳を刺激しているという考え方もあります。

一方、筋肉を動かすことで筋肉から脳の働きを活性化する物質が分泌され、それが加齢に伴う脳の働きの低下を抑えるという研究報告も出てきています。疫学的データからも、こうした生理学的な研究からも、運動による認知症予防の効果は間違いなくあると言えるでしょう。

「脳トレ」のようなゲームが効果的である、という説も今や市民権を得てきています。現実に脳を使っているわけですから、ポジティブな効果はあるだろうと私も思います。

一方、運動に関しては、すでに何千人という高齢者を対象に調べたデータが複数あります。前述のアメリカの例もそうですし、ヨーロッパでは「買い物なども含めて週3日以上のウォーキングをしているグループは、していないグループに比べて認知症にかかるリスクが半分以下」という研究結果が出ています。

前述のように、筋肉を動かすことで脳を活性化する物質が分泌されているという説もありますが、歩行のように一定のリズムで繰り返す運動が良いのだという意見もあります。

脳が覚醒しているけれども興奮していないという程良い状態にするには、複雑なことをするのではなく、単調な動作を繰り返すのが効果的なようです。たとえば、「歩きながら一定のリズムで数を数える」といったことをすると、脳トレの要素も加わって相乗効果が期待できるかもしれません。

 

※本記事は2017年に公開されたコラムを再編集したものです。

【解説】石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。