大腿四頭筋は80歳で半分に 足腰の筋肉が優先的に衰える理由は…




「衰える前」にトレーニングを

太古の時代から、人は「不老不死」への憧れを抱いてきました。しかし残念ながら、今のところそれを実現させた人物はいません。地球上に生まれてきた生き物は、必ず衰え、最後は必ず死んでいきます。

筋肉も加齢とともに必ず衰えていきます。たとえば太ももの大腿四頭筋は平均すると30歳前後に最も太くなり、80歳になるとそのサイズが約半分になってしまいます。サイズだけでなく、筋力もほぼそれに比例して落ちていきます。

衰え方は筋肉によって差があり、腕の筋肉は80歳になっても30歳の2/3に落ちる程度です。他の動物に対する人間の特徴は「二足歩行」ですが、この二足で歩くために必要な筋肉ほど加齢の影響を強く受けるという傾向があります。大腿四頭筋以外では、おしりの大殿筋も衰えやすい筋肉の代表です。

また、心臓を動かす心筋も加齢に伴って衰えやすいとされています。生きるために大切な筋肉から落ちていくというのは困った問題ですが、これはもしかすると、あまり長生きし過ぎないようにするための生き物としての戦略なのかもしれません。

【動画】61歳からのがん闘病で感じた筋肉の重要性

あらゆる生き物がそうであるように、ある程度の役目を終えたら、この世から去っていく。地球という巨大な生命体を維持するには、それも重要なことです。ですから、そうしたプログラムが人間の体にも組み込まれている可能性はあるでしょう。

話を戻しましょう。「大腿四頭筋が半分になってしまう」という例は、何の対策も施さなかった場合の話です。筋トレをすることで衰えに対抗していけば、もちろんそのペースで落ちていくことはありません。

生き物にとって省エネは重大なテーマです。ですから、あまり使わなくなった組織や器官は不要であると体が判断するのかもしれません。日常生活で頻繁に使う筋肉であるほど、使われなくなったとたん、それは不要のサインになってしまうのです。ですから、大切な筋肉こそよく使う。これがアンチエイジングの一つの基本です。

筋肉を鍛えると言うと、ボディビルダーのように大胸筋や上腕二頭筋を強化したくなりがちですが、生きるためには足腰の筋肉を中心に強化することが重要です。

人間は「自在に移動する」ことで最も進化した動物として地球上に君臨してきました。そして、あまりにも進化した結果、今では筋肉が衰えて移動できないような年齢になっても生き続けられるようになってしまいました。

医療技術の発達や社会環境の改善によって、多くの人が有意義な人生を謳歌できるようになったのですから、それは悪いことではありません。ただ一方で、要介護人口の増加が深刻な問題になっていることも事実です。

団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)になることに伴う「2025年問題」も深刻です。社会を支えるべき団塊ジュニア世代が親の介護を余儀なくされ、介護離職してしまう可能性もあります。それによって社会の活力が落ちてくると、負のスパイラルが拡大してしまうかもしれません。これは全世代に関わる問題であると言えます。

東京大学でも日本のスポーツの発展とともに、一般人の健康づくりへの取り組みにも力を入れています。介護予防のための有効な方法を研究しつつ、要介護の人たちを社会全体でどうサポートしていくかということも多方面から考えていく必要があります。

介護予防には、まず少しでも筋肉の衰えを遅らせ、自分の力で歩けるようにしておくことが大切です。加齢によって筋肉が衰えてしまうのは万人共通なので、国民全員が自分自身の問題として早い段階から手を打っておく必要があります。

現実問題として、衰えてからトレーニングを開始するのは難しいと思います。だからこそ、動けるうちに少しでも筋肉を鍛えておくことが望ましいのです。

前回も書いたように、運動をすることで認知症予防につながる物質が出てくる可能性があることもわかってきています。体を動かす機会が減っている現代ですが、運動の意味は、むしろ昔よりも大きくなっていると言えるでしょう。

※本記事は2017年に公開されたコラムを再編集したものです。

【解説】石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。