肉体的にも強い女性が増えているように見えるが……
“草食系男子”がもてはやされたかと思えば、その反動なのか、逆に筋トレが注目を浴びるようになったり、さらに女性の筋トレがブームになったりと、近年はさまざまな価値観が入り混じった世の中になっています。
価値観は人それぞれとは言うものの、これは生物学的に見ると少しおかしな現象だとは思います。
知性が過度に発達したことが、人間をユニセックス化の方向に向かわせているのかもしれませんが、少し大げさに言えば、これは人間という種にとって危機的状況なのかもしれません。この先どうなるかは予測できませんが、一つの可能性としては徐々に子孫が減っていってしまうこともあるでしょう。
高度に発達し過ぎてしまった生物はやがて滅びてしまう、という宇宙の仕組みなのかもしれませんし、単に「ありきたりの人生」や「性差別」などに対するアンチテーゼなのかもしれませんし、ひょっとしたら軽いトレンドに過ぎず、そのうち元に戻るのかもしれません。
おそらく一部の本格派の人を除いては、男性顔負けの筋肉をつけたいと思っている女性は少ないと思います。締まるところがしっかり締まり、余分な脂肪がなく、できれば腹筋が少し縦に割れているくらいのレベルが求められていて、決して異常なほどムキムキになりたいわけではないでしょう。
ですから、現時点ではそれほどユニセックス化の傾向が強くなっているわけではないと私は思っています。
女性のボディビルダーも一時期は非常に筋肉を発達させる人が増えましたが、「行き過ぎだろう」という議論が巻き起こったことで価値観がリセットされ、もう少し女性らしい体つきを尊重しようという流れに戻ってきています。
一方、草食系男子という言葉が生まれてからかなりの時間が経つと思いますが、実際には草食系と言われるほど男性全体がおとなしくなっているわけではないでしょう。筋トレやスポーツで体を鍛えている人も多いですし、社会を見渡しても男性がそこまで弱くなっているとは思えません。
デートに誘ったりするのが苦手な男性もいて、それが婚活イベントなどの盛り上がりにつながっているという見方もあるかもしれませんが、それは昔からあった“合コン”とコンセプトは大きくは変わりません。どちらかと言うと、自宅で楽しめるインターネットやゲームなどの発達によって出会う機会が減少したという問題が大きいのではないでしょうか。
また、イクメンと呼ばれる子育てへの積極的参加も決して男性の弱体化や女性化とは一概には言えないと思います。
強い女性が目立つようになっているのは確かです。ただ、昔と比べて女性が強くなったわけではなく、ジェンダー論などいろいろな考え方が発展したことで、強くなれる機会が増えてきたのだと思います。
強い女性は昔からいました。しかし、昔は群を抜く強さがないと世に出ることが難しかったということでしょう。そのため実際に社会に出てくる女性は尋常ではなく強いので、「出る杭は打たれる」ことになってしまいがちでした。
現在は活躍の機会を男女均等にしようという積極的な国の働きかけもあるので、女性が強さを発揮する機会が増え、それに押されて男性の活躍の場が少し狭められているという印象はあるかもしれません。
東京大学も、私が学生の頃は女性の数が非常に少なく、理系となると本当に数えるほどしかいませんでした。その中で彼女をつくろうと思ったら、必死で頑張らないととても不可能だという危機感がありました。ところが今は女子学生が20%を超え、昔に比べると男子学生も気楽に構えているように見えます。
世の男性がおとなしくなったように感じるのは、もしかするとそういう事情もあるかもしれません。積極的に社会で活躍しようという女性が増えた分、待っていても女性のほうから声をかけてくれるかもしれないという余裕があるのではないでしょうか。
異性との出会いに対する危機感が少なくなったことで、結果的に草食系と呼ばれる男性が増えたのだとすれば、これは人間という種にとってはそれほど重大な問題ではないのかもしれません。
※本記事は2017年に公開されたコラムを再編集したものです。
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。