見る力=ビジョントレーニング:飯田覚士③【水道橋博士の体言壮語】




プロフェッショナルであれば、なんとなく見ることはせずに、意識して「見る力」を使っている。ビジョントレーニングを伝える、ボクシング元WBA世界スーパーフライ級チャンピオンの飯田覚士氏と博士の対話は、どんどん濃く広がりのあるものになっていく!

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アントニオ猪木、長州力他プロフェッショナルの見る力

——飯田さんは現役時代に「ビジョントレーニング」で視野が広がったばかりでなく、“相手がどう自分を見ているか”“レフェリーやジャッジ、セコンドがどう見ているか”まで想像しながら闘っていたとのことですが、リング上で他に気をつけていたことは?

飯田:リングの今どこにいるのか、どちらの方向に動いているのか、それが分からないと自分が有利だと思っていても、いつの間にか追い詰められていた、ということになります。ピンチになって、そこから脱出するには、どんな角度でどんなステップをするかなどが、方向感覚として分からないといけない。それは見る力と移動によって可能になります。

博士:なるほど。たとえば車の運転をする人でも、北なのか南なのか。どの方向に向かっているか分かってない人が今は結構いる。GPSに頼りすぎ、カーナビに頼りすぎだけど、それがなかった時代は皆が地図を見て、脳に反復して、なんとか空間把握をしようとしていた。ボクも上京してから配達のアルバイトを長くやっていたので、都内を移動していると、今どこにいてどこへ向かうか、どちらが北で、どちらの方向に曲がったのかなどを頭に東西南北と地図を思い浮かべます。ボクに付く、若い運転手はそれがまったくないから、右往左往、迷路をくねくねします(笑)。

——二人のお話を伺っていると、見る力は「準備する力」とも言えそうですね。

博士:ボクが漫才をやるときは、トリ(寄席の最後の出番)が多いんだけど、自分たちの出番前に、客席を見て、観客の年齢層を確認するし、他のコンビやグループに対する反応を見て、音で反応を確かめています。もちろん時事ネタは特に繊細に、他とかぶらないように気をつけます。先に使われた場合は、アレンジを加えます。それは舞台も同じ客で勝負しているから、ウケたい、と言うより、同じ舞台に上がる芸人たちと比べても、結果的に、勝ちたい!と思ってやっているから。最近、そういう、事前に客席を確認しない若手芸人もいるけど、ある意味では自分の戦場なのに、どんな客層で、どんな客席なのかを見ないで、舞台に上がれることがボクにとっては不思議なんだよ。

飯田:ボクサーでもリングの広さを確認しないで上がる、という選手が増えています。リングは一定の大きさではなく、少しずつ違っている。僕はサークリング(円を描く様に左右にステップするフットワーク)をして確かめていました。

博士:今、長州力さんと本を作っているけど、長州さんが言っていることの一つに、プロレスのリングの中で、自分がどの方向にどの歩幅で何歩で行けばどこに着くか、を確認すること。それがわからないとリングに上がることができないと言っている。逆にそれがわからなくなったら引退の時だと。それから、アントニオ猪木の凄さについても言っていて、猪木はどんなに小さな会場でも頭の先からつま先まで、全方向から見られていることを意識できていた、と。4面から見られている、その意識で気を抜いたことがない。長州さんは、アマレスで五輪出場を果たして、アスリートとして強さには自信があったけど、プロに入って、見られているという意識では猪木さんに勝てないと思った、と言っていた。そこでプロ意識が芽生えたって話しなんだけど。

飯田:僕の場合は見られる、といえば一番には対戦相手に見られるという意味になるので、そこは徹底的に考えました。

博士:「アントニオ猪木は人生のどこの局面においても他人から『見られる』ということを意識してやり切っている」と長州力は言っていた。そこは、たけしさんにも共通する部分だね。リングに限らず、自分がどこにいてどちらの方向に行くか、それを意識するのは、人生そのものだとも言えるよ。

——ビジョントレーニングはメンタル面でもいい影響があると聞きます。

飯田:緊張をしすぎなくなったり、計画力が付いたり、といい影響はいくつもあります。でも、まずは基本としてきちんと見る、両眼で正しい視力で世の中を見てちゃんと把握できるというのが原点です。それができた上で、さまざまに可能性を広げていける。見るという入力が落ちるだけで、出力のレベルはガクンと落ちます。

博士:両眼でしっかり見るべきだけど、人ってなかなか両眼では見られなくて、ほとんどが利き目だけで見ている。訓練しないと両眼で見られないと聞きました。

飯田:では、チェックしてみましょうか。両眼視ができているのか、それとも一方だけを使って見ているのか。

博士:以前調べてもらって、利き目? つまり一方だけで見ていると言われたな。

飯田:癖でつい片側ばっかり使うと見えるものが違ってくる。正面を向いているつもりでも、差とズレが出てしまうんですね。体の軸もぶれてくる。

博士:55歳だし、もう、ブレブレですよ。

飯田:(笑)。では、目の高さのところで親指を立ててください。そのまま片方の腕をまっすぐ伸ばしていきながら、親指の爪を見てください。次にその爪と目の中間だと思うところに下から指を入れて、一直線上で爪を見てください。遠くの爪をはっきりと見たままで、手前の指の爪はどう見えますか?

博士:ぼんやりと見えます。

飯田:遠くの親指(爪)がはっきり見えたま、両脇に2つの親指がぼやけて見えて、合計3本の親指が並んでるように見えるのが、正解なんですね。

博士:あれ? そうは見えない!

飯田:右目だけで、見ている傾向が強いですね。右目の一直線上に指があってまた顔が右に下り気味です。両眼視できていると、3本並んで見えるのは、右目で見える指と左目で見える指のズレがそれだけの幅となって現れるからです。脳はそれを自動的に調整しているんですね。右側に見える指は左目で見ていて、左側に見える指は右目で見ています。逆に手前側の指に焦点を合わせると、今度は遠くの指が両脇に見えて、3本並んでいるように見えます。

博士:(親指を長い時間じっと見て)3Dに見えるというか、見え方が怖い!

飯田:朝のうちに両眼視するようにしておくと、その後良いクセがつきます。夕方以降の目の疲れが違ってきます。目から来る肩こりや頭痛も軽くなります。

博士:なるほど! ボクは原稿の仕事も多いので、モニターに向かっている時間も長いから。じゃあ仕事の途中でも調整すると良い?

飯田:そうです。アスリートであれば朝と、トレーニングの前に行ってほしいですね。

博士:年齢とともに、番組で出されるカンペが読めなくなってきて、司会業もするタレントとしてはすごい恐怖なのよ。次の進行が読めないから。これを機に、両眼で見るクセをつけたいね。

(第4回につづく)

水道橋博士(すいどうばしはかせ)
1986年にビートたけしに弟子入り、翌年、玉袋筋太郎と「浅草キッド」を結成。芸人としてはもちろん、文筆家としても精力的に活動。『藝人春秋2』(文藝春秋)『博士の異常な健康―文庫増毛版』 (幻冬舎文庫)など著書多数。日本最大級のメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』の編集長、またユーチューバーとしても絶賛活動中。
飯田覚士(いいださとし)
第9代WBA世界スーパーフライ級チャンピオン。日本視覚能力トレーニング協会代表理事。2004年、「飯田覚士ボクシング塾ボックスファイ」を設立し、ビジョントレーニングと、体幹トレーニングを融合させたオリジナルプログラムを開発。プロボクサー村田諒太選手の目のトレーニングを指導している。http://www.boxfai.com/

取材・押切伸一/撮影・佐久間一彦