筋肉や脂肪は直接的なコミュニケーションをとっている?
人間の体は脳を中核とした中枢神経系がすべての決定権を持ち、各臓器や組織はそれに従って働いている。かつてはそう考えられていました。
しかし、最近の研究では臓器や組織自身も情報を発信し、それが脳や他の臓器にも影響を与え、体全体としてバランスがとれるようなネットワーク(臓器間ネットワーク)が構築されているという考えが主流になってきています。
もちろん体全体を統合するという意味で、中枢の存在は不可欠。オーケストラで言うと指揮者のような立場です。ただ、各演奏者は指揮者と自分の楽器の音だけを頼りに演奏するのではなく、他の楽器の音も聴きながら全体を調整する役割を同時に担っているのです。
たとえば、筋肉を使う(運動をする)と交感神経が活性化し、副腎からアドレナリンというホルモンが分泌をされます。アドレナリンが脂肪組織に働くと、脂肪が分解されて脂肪酸が血中に放出され、筋肉などに供給されるという仕組みがあります。また一方で、アドレナリンが肝臓に働くと、グリコーゲンが分解されて血糖が供給されます。
しかしこの時、筋肉からインターロイキン-6(IL-6)という物質が分泌され、IL-6もまた脂肪組織に働いて脂肪の分解を促したり、肝臓に働いてグリコーゲンの分解を促したりすることがわかってきました。筋肉は中枢という指揮者の指示によってプレイしているわけですが、筋肉・脂肪・肝臓という三者の間にもダイレクトなコミュニケーションが成り立っているのです。
筋肉が発した信号に脂肪が反応する可能性も
このようにして体の恒常性が維持されているとすると、たとえば筋肉が衰えることで脂肪がはびこることになり、それがさらにいろいろな影響を生み出して、体全体の協調性が乱れていくということも考えられます。人の社会と同じように、どこかが破綻すると連鎖的にいろいろなところに影響が及んでしまうわけです。
中枢を介さず、組織同士がダイレクトに情報を交換するネットワークがあるとすると、筋肉が信号として発した物質の近いところにある脂肪は優先的に反応するかもしれません。また、そもそも筋肉がよく動く部位には脂肪がつきにくくなるかもしれません。
かつては中枢が全身に指令を出すことで脂肪が分解されると考えられてきたので、運動生理学では「部分痩せはできない」と言われてきました。しかし、そうした教科書も今後は書き換えられていく可能性があると言えるでしょう。一般論からいっても「…はできない」「…はない」ことを真に科学的に証明することは至難の業です。
実際、現場でトレーニングを教えている人やボディビルダーなどは、腹筋を一生懸命にやると腹の脂肪が減る気がしますし、脚のキレを出そうと思ったら大腿四頭筋のトレーニングをたくさん行ないます。運動生理学的に正しくないと言われても、リアルに起こる現象であるという感覚を持っているのです。
細胞間の情報伝達を担う生理活性物質を「サイトカイン」、その中でも筋肉が分泌するものを「マイオカイン」と呼びます。これらの研究がさらに進むと、これまでの常識が覆され、体の中の新たな仕組みが明らかにされていくでしょう。
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。