筋肉はどこから来たのか――数億年の時をへて、生きるための「動くシステム」は確立された




「生命」と「運動」は密接に関連している

「動く」というシステムは、生命が地球上に現われると同時に誕生し、生命とともに進化してきたと考えられます。

生きるためには、まず生息に適した環境を探して移動しなければいけません。食糧を確保するためにも移動することは必須です。

もっとミクロな視点で見てみると、受精して細胞が分裂しながら成長していくという過程においても細胞が動くという現象は起こっています。一見じっとして動かない植物であっても、その内部では細胞が盛んに活動しています。

このように「生命」と「運動」には切っても切り離せない密接な関連があります。

最も原始的な生き物である細菌を見てみましょう。

これらは多くの場合「鞭毛」と呼ばれる毛のような細胞器官を使って移動します。筋肉とは違う仕組みですが、やはり移動するための機能は備えています。また、細菌が分裂して増える時には筋肉と同じような仕組み(細胞が動いて変形する)が働いています。

単細胞生物であるツリガネムシは、「柄」に相当する部分にあるスパスモネームと呼ばれる構造を収縮させて動きます。これもまだ筋肉と呼ぶには原始的すぎますが、タンパク質のはたらきによってバネのように伸び縮みするという性質は筋肉と非常に似ています。

同じく単細胞生物のアメーバは繊毛や鞭毛を持たず、かわりに細胞の形を刻一刻と変えながら「仮足」という構造を伸び縮みさせて移動(アメーバ運動)します。これも伸びたり縮んだりするという点では筋肉に近い能力と言えるでしょう。

クラゲやイソギンチャクには筋肉のような細胞がある

画像はイメージ

筋肉の定義を「運動に特化した組織(細胞集団)」とするならば、少なくとも多細胞生物を対象とする必要があるでしょう。その中で最も原始的な生き物はクラゲやイソギンチャク、ヒドラなどに代表される腔腸動物です。これらは原始的な筋肉とみなすことのできる細胞を持ち、それを収縮させることで体を動かしたり移動したりしています。

このあたりが本格的な筋肉の原点と言えるでしょう。そこから筋肉はより目的にかなった運動をする組織として本格的な進化をはじめていったと考えられます。

多細胞生物の出現から数億年もの時間をかけ、筋肉の進化とともに「動く」というシステムも確立されてきました。そして今、ヒトをはじめとする哺乳類の体の中には動作を行なうための「骨格筋」、内臓を覆う「平滑筋」、心臓を動かす「心筋」と大きく分けて3種類の筋肉があります。

次回はこれについて解説してみたいと思います。

 

※本記事は2019年に公開されたコラムを再編集したものです。

【解説】石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。