プロ野球も開幕から約3か月が過ぎ、どの球場にも多くの人々が詰めかけている。今シーズンからは、二軍のリーグにも新たに2チームが参入し、話題となっているせいか、1000人を超える観衆を集めることは珍しくない。
じつは、日本にはこれらの他にまだ「プロ野球」がある。独立リーグがそれだ。毎年、少なからぬ選手が、複数あるこのカテゴリーのリーグから、ドラフトでいわゆる「プロ野球」、NPB の球団に指名されているので、野球ファンにはもうすっかりおなじみになっているが、一般の人々の間ではまだ知られていないかもしれない。
これは、NPBでプレーする希望を持っていながらドラフトに漏れた選手が再チャレンジのため集う場所で、現在7つのリーグが北海道から九州まで全国各地で展開されている。選手の待遇やプレーレベルはさまざまで、無給でほとんどアマチュアのクラブチームと変わらないところもあれば、NPBでプレーしても不思議ではない選手がプロの名にふさわしいプレーを見せてくれるところまで千差万別だ。
その独立リーグの1つに日本海リーグがある。さまざまな経緯から石川県をフランチャイズとする石川ミリオンスターズと富山GRNサンダーバーズのたった2球団で運営されているリーグだが、もともとは2007年にリーグ戦を開始した北信越ベースボールチャレンジリーグ(現ルートインBCリーグ)のオリジナルメンバーで、今年で18年という歴史を持っている。
令和6年能登半島地震の被災地である石川県で、プロ野球のシーズンを迎えることが大きなチャレンジであることは想像に難くない。ただでさえ、独立リーグのチームは練習場所の確保、トレーニング環境の整備、移動手段などアスリートとしての選手が競技に専念する環境を整えるのに苦労していると聞く。石川県で活動するプロ野球球団のトレーニングはどのように行なわれているのだろうか。
幸いリーグの運営は、開幕を遅らせることで問題なくできていると言う。雪深い北陸地方で活動していることもあって、日本海リーグは他のリーグに比べもともと開幕は遅い。今シーズンは、5月5日に開幕日を設定し、キャンプはその約2か月前の3月13日に開始という形になり、選手たちはこの日に無事全員集合となった。被災地の輪島市に実家があった選手は、「最初は野球どころではなかった」と被災当時のことを振り返るが、それでも、県都・金沢に買い出しに出てきたのをきっかけに野球選手である自分を思い出し、プレーによって被災した故郷を元気づけようと気持ちを新たにしたと言う。
独立リーグの球団は、NPBの球団や社会人野球の実業団チームのように、自前のトレーニング施設やグラウンドを持っているわけではない。クラブチームがスポンサーを集め、ファンにチケットやグッズを買ってもらい、その収入で選手に給料を払っているとでも言えばいいだろうか。だから、選手が練習する場所を探すのも一苦労だ。
ミリオンスターズの選手は金沢市内周辺にアパートなどを借りて住んでいる。球団は彼らの日々のトレーニングのため、数か所のジムと契約を結び、各々の選手が各ジムに通っているという。ただしNPB球団のようにチームがウエイトトレーニングのメニューを決めているわけではなく、なにをどのくらいするのかは、各選手の裁量に委ねられている。海の向こうのメジャーリーグやその傘下のマイナーリーグでは、選手のトレーニングは厳しい管理下に置かれ、「やり過ぎ」を防ぐため、ウエイトトレーニング場には鍵がかかっているようなこともあるのだが、独立リーグでは、ほぼ選手の自主性に任せられている。
選手とて人の子だ。さぼったりすることもあるのかと思うが、そもそもこの独立リーグとは、ドラフトから漏れたにもかかわらず「NPB」という目標を叶えるためにあえて選んだ「茨の道」。トレーニング不足でパフォーマンスを発揮できなければ、そのつけは自分で支払うことになる。選手の多くはそのことを自覚しているのだろう。身銭を切ってトレーナーの指導を受けるなど、トレーニング方法を自ら勉強して実践している者も多い。
独立リーグからNPBへの扉をこじ開ける者はごくわずか。その現実を考えると、選手にとっても日々のトレーニングを自分で試行錯誤して行なうことはセカンドキャリアにもつながる。実際に、少なからぬ独立リーガーが引退後、パーソナルトレーナーや野球塾運営など、「教えるプロ」として第2の人生を歩んでいる。
独立リーグの試合は、主に週末を中心に開催されるが、日本海リーグの場合、対戦カードが1つしかないため、ペナントレースは平日のナイターを含めて開催し、NPBファームチームとの交流戦を公式戦の間に組み入れている。これらの試合がない日は、練習やアマチュアチームとの練習試合を行なう。
そのグラウンド確保も大変だ。地域密着を掲げる独立リーグにとって、地元の各野球団体との関係構築はマスト事項である。また、フランチャイズ県内から広く支援を得るため、フランチャイズエリア各市町村で試合を開催することが多い。ただし練習場所はある程度固定できたほうがいいに決まっている。日常使用できる練習グランドを確保した上で、さまざまな町で試合を行なうというバランスに各球団は気を遣っている。
ミリオンスターズの場合、ここ近年は金沢市民野球場を実質的な「ホームグラウンド」とし、公式戦の多くをここで実施し、練習は金沢市内の野球グラウンドを借りて行なっている。そして、小松市をはじめとする各都市でも公式戦を開催するという流れになっているが、今シーズンは震災のためこれまで毎年のように試合を開催していた能登地域の七尾市や珠洲市での試合開催はできず、ナイター照明を更新のため使用できない末広野球場(弁慶スタジアム)での開催は1試合となり、金沢市民球場に試合開催が集中することになってしまった。この状況は選手にとっては、移動などの負担が少ない状況となり、好ましいと言えるのだが、県全体を対象とした地域密着を掲げる球団としては、痛し痒しというところだろう。
その上、「ホームグラウンド」と言っても、NPB球団のように球場を半ば独占的に使用するというわけにはいかない。他のアマチュア団体と同じく時間単位で球場を借りているに過ぎない。試合や練習が終わった後はきれいに掃除をし、「原状復帰」して去らねばならない。1人何役もこなす少数の職員と選手、コーチからなる「球団」にあって、使用したベンチやロッカールームを片付けるのは選手の仕事だ。
練習の際も同様で、無論のこと専任のバッティングピッチャーなどいない。コーチや監督がこれを務めることが多いのだが、真夏の炎天下でのデーゲームも多い独立リーグでは、指導者も体力勝負だ。取材した試合では、試合前練習で富山サンダーバーズの監督自ら外野にノックを打ち、選手からの返球もバットをグラブに持ち替えて受けていた。
そんな環境だが今年、阪神タイガースから出向という形でミリオンスターズの監督に就任した岡崎太一監督は、独立リーグの練習環境についてこう話してくれた。
「石川に来る時点で、練習環境についてはある程度覚悟していました。僕は社会人野球からプロに行ったんですが、こちらに来て『ともに本当に恵まれた環境でさせていただいたな』とあらためて感じました。独立リーグはグラウンドの確保から始まって、他の団体との兼ね合いで1日中使うこともできませんし。でも、その中でやっていくことも大事ですから。ここでは日々のトレーニングも各自別々にやっているので、我々の目の行き届かないところもあるんですが、(選手たちは)若いんだから、自分で試行錯誤しながら自分の限界値までやってみることも必要かと思うんですよ。追い込まないと限界がわからないところもあると思うんで」
NPBへの重い扉をこじ開けるため、また復興に向けて能登を勇気づけるため、石川ミリオンスターズの選手たちは今日もアスリートとしての高みを目指している。