スポーツ競技でのパフォーマンスアップのみならず、体の機能改善などさまざまな面で役立つストレッチ。その主目的が関節可動域を広げることだろう。それがもたらす影響について、骨格筋評論家の岡田隆先生(日本体育大学教授)監修のもと、書籍『世界一細かすぎる筋トレ ストレッチ図鑑』でスポーツ動作の解説を担当した八角卓克先生に話を聞いた。

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“使える可動域”を獲得するためには?
――「関節可動域」はどのようなものと理解すればいいでしょうか。
「『関節可動域』とは、体の各関節が損傷などを起こさずに運動を行なえる範囲(関節の角度)を示すものです。関節可動域には2つの要素が関係していて、1つ目は、外力などが加わることで体が伸ばされた時に伸長できる範囲を表す『柔軟性』(passive)、2つ目は、自らコントロールして動かすことのできる範囲を表す『可動性』(active)です。とくにスポーツでは2つの要素をバランスよく向上させる必要があります」
――柔軟性と可動性のバランスが悪いとどうなりますか。
「自分でコントロールできない可動域が生まれることになり、そこに負荷が加わるとケガをする可能性が高まります。切り返しの動作や身体接触など、筋肉や関節にいきなりテンションがかかった時が多いですね」
――そうしたケガを予防するためには、従来のストレッチだけでは不十分ですか。
「はい。ケガ予防のためには、柔軟性だけでなく可動性獲得へのアプローチも合わせて取り入れ、可動域をコントロールできる能力を身につけることが大切です。ストレッチにより柔軟性は獲得できますが、柔軟性の向上は必ずしも可動性を向上させないからです。さらに加えると、そこに筋力を向上させることがケガの予防には大切です」
――どうすれば可動性を上げることができますか。
「ストレッチで柔軟性を高めた上で、可動域の最終ポイントで運動を行なって、『これ以上広がることができる』と体の感覚の書き換えをすることが必要です。獲得した可動域を『使える可動域』に進化させていくイメージですね。そのためのアプローチとしては、静的ストレッチで基礎的な可動域を広げた後、動的ストレッチやリズミカルに反動を利用したストレッチ(バリスティックストレッチ)で最大可動域に自力で到達することを意識すると良いです。加えて、体のアンバランスや代償動作(ある動作や運動が行えなくなった時、他の筋肉の動きで動作を補って行なうこと)の修正を目的としたエクササイズで体の使い方を最適化していくことも大切です。そのような運動を『コレクティブ(是正)』エクササイズと言います」
――そういったアプローチにおけるコツを教えてください。
「より個人に合わせたアプローチとして、たとえばもともと柔軟性が高い人(部位)は、コントロールできる可動性を増やすためにコレクティブエクササイズやレジスタンストレーニングを取り入れると良いです。逆にもともとの柔軟性が低い人は、静的ストレッチに時間をかけることを推奨します。このように自らの特性や状況に合わせて、アプローチを微調整していくと良いでしょう」
――関節可動域が広いと、競技にどのような良い影響がありますか。
「関節可動域の拡大だけでは競技パフォーマンスは向上しません。少し前に体の柔らかさが非常に必要とされるフィギュアスケートのとある選手が、『柔軟性だけを向上させてもパフォーマンスは上がらない』とご自身のSNSで発信していました。柔軟性のみを向上させてもパフォーマンスは上がらないとし、競技パフォーマンスの向上には、広がった可動域をコントロールする『筋力』が必要としています。つまり競技パフォーマンスの向上には、新たに獲得した可動域における筋力も合わせて向上させることが大切ということです」
――体が柔らかければ、それだけで競技に有利になる印象がありました。
「その認識はある意味、落とし穴かもしれないですね。筋力も合わせて向上させることで初めて獲得した可動域を有効に使うことができるのです。また、前提としてアスリートにとって必要な柔軟性・可動性は各競技によって異なります。各競技における最適な関節可動域について示したデータは見当たりませんが、競泳や新体操といった種目のアスリートは一般成人と比較して高い柔軟性を示すことが多く、アスリートが有する柔軟性には競技特性および競技経験が反映されると考えられます。各競技動作に求められる代表的な柔軟性は下記のようなものです」
【動作の例と求められる要素】
➀ 走る:股関節の屈曲-伸展可動域
② 跳ぶ:パワーポジションがしっかり取れる可動域 (足関節・ヒザ関節・股関節)
③ 切り返す:股関節の内旋-外旋可動域
④ 投げる:肩関節の可動域と肩甲骨の安定性
⑤ 当たる:腹腔内圧を適正に高めることができる骨盤・肋骨の可動性
⑥ 打つ・突く:胸椎の回旋可動域
⑦ 蹴る:股関節の回旋や胸椎の回旋
――取り組む競技に合わせた関節可動域の獲得を目指しつつ、筋力の獲得も必須なのですね。
「はい。筋力に関してはどのコーチやスポーツ科学者も、“ある一定以上のストレングストレーニングや最大筋力の向上がパフォーマンスアップに有利に働く” として、概ね見解が一致しています。ストレッチは行なったほうが良いにこしたことはありませんが、効果を過信しすぎないでください。パフォーマンスの向上(ケガの予防)には、ストレッチによる関節可動域の獲得と合わせて、筋力もセットで向上させることが重要でしょう」