大学から始めたライフセービングを、社会人になった今も続けている名須川紗綾。仕事をしながら海に入り、泳ぎ、体を鍛える。その生活を10年以上続けてきた。なぜ、そこまで続けられるのか。その理由を尋ねると、返ってきたのはシンプルな言葉だった。
「まだ自分の限界までいっていないと思うんです」
ライフセービングとの出会いは大学時代。先に兄がライフセービングをしていたものの、自分もやろうと決めていたわけではない。
大学に入り、やりたいことを探していた時、家族から「ライフセービングを体験してみたら」とすすめられた。さらに大学でライフセービング部の先輩たちに誘われ、ライフセービングの世界へ入った。
最初は偶然に近かった出会い。しかし、それから10年以上ライフセービングを続け、今では生活の中心にライフセービングがある。長く続けている理由のひとつが、競技の奥深さだ。
海という自然を相手にする競技に、完成はない。泳力や体力だけでなく、波や潮を読む力、ボードなどの機材を操る技術、そして長年の経験によって身につく判断力も求められる。
「まだピークじゃないと思っているし、まだ伸びると思っています。それが続けるモチベーションとしては大きいです」
もうひとつ、名須川をライフセービングにつなぎ止めているものがある。仲間だ。
学生から社会人、さらにその上の世代まで、年齢を超えて同じ海で活動できる。競技だけではなく、監視活動や日々のトレーニングを通じてできた人とのつながりも、長く続けてきたからこそ得られたものだ。
一方、競技を続けることは決して簡単ではない。名須川の1日は、仕事だけでは終わらない。海でのトレーニングは明るい時間に限られるため、仕事の前に海へ行く。夜には泳ぎやウエイトトレーニングを行なう。朝、海に入り、仕事へ向かい、夜にまた体を動かす。
「時間はいくらあっても足りないです」
それでも、その生活を続ける。社会人として競技を続けるには、トレーニングだけでなく、仕事や住む場所を含めて環境そのものをつくらなければならないからだ。
実際、ライフセービングでは大学卒業を機に競技から離れる選手も少なくない。プロスポーツではないために、競技を続けるには自ら時間をつくり、海へ通える環境を整えなければならない。名須川自身にも、社会人になって競技成績が伸び悩んだ時期があった。
「社会人になって、一度成績が停滞した時期がすごく長かったんです」
それでも、やめなかった。ふたたび成績が伸び始めたのは、28歳、29歳頃のコロナ禍を経た頃だったという。学生時代に伸び、そのままピークを迎える。そんな競技人生だけではないことを、自らの体で証明してきた。
「ライフセービングは、まだ完成された競技ではないと思っています。ルールが変わったり、技術が進んだりして、タイムが大きく伸びることもある。チャンスはいろいろなところにあるんです」
だからこそ、名須川が若い選手たちに伝えたいのは「続けること」だ。とくに女性選手の場合、大学を卒業した後もトップレベルで競技を続ける選手はまだ多くないという。
「学生時代に高い能力を持ちながら、社会人になるタイミングで競技から離れてしまう選手もいます。すごくポテンシャルの高い子たちもいるので、卒業した後も続けてもらいたい。その子たちがまだまだ競技を続けていこうと思ってもらえるような存在の競技者でありたいと思っています」
そして名須川自身は今、世界へ向かっている。
「12月の世界大会のプール競技では自己ベストを更新すること。そしてチーム種目ではメダルを獲りたいです」
さらに、救助技術を競うレスキュー種目でも日本代表チームの一員として世界の頂点を目指す。社会人になり、思うように結果が伸びない時間も経験したが、それでも海から離れなかった。続けたからこそ、その結果に世界がある。
「まだ自分の限界までいっていない」
10年以上続けても、そう言える。名須川の挑戦は、ライフセービングが学生時代だけの競技ではないことを示している。その可能性を自らの競技人生で証明しながら、名須川は世界の舞台へ向かう。


