中高年のための筋トレについて学ぶこの連載。第3回は、体の仕組みや、日常で役立つトレーニング法を紹介。中高年専門のパーソナルトレーニングジム「心身健康倶楽部」を主宰する枝光聖人さんが解説する。「人生を充実させるために筋トレが必要だと伝えたい」と語る枝光さんの信念についてもお話を伺った。
最初に発達する筋肉は「首」衰えるのも「首」
中高年を専門にパーソナルトレーニングを行う枝光聖人さん。最近、『はいはいエクササイズ』(ベストセラーズ)という本を執筆した。赤ちゃんが「はいはいする」動きをトレーニング法に落とし込んだ内容の本だ。――なぜ「はいはい」がトレーニングになるのだろう?
「人間がいちばん最初に発達する筋肉は『首』です。首が座って、その次に背中、腰の筋肉が発達して、骨盤にいって、『はいはい』ができるようになる。赤ちゃんの頃、『はいはい』が少ないと、その後、運動機能が発達しづらいと言われています。ですから『はいはい』は発達のための非常に大事な動きなのです。
この『はいはい』の筋肉の発達は、高齢になると今度は同じ順番で退化していくようになります。まず頚椎が下がって猫背になる。次に、胸椎と腰椎が下がって腰が曲がる。しまいには杖をつくようになり、さらに酷くなると、歩けなくなって寝たきりになります。ですから、『はいはい』という赤ちゃんの運動を、高齢者になってから行なうと効果的で、頸椎や腰椎が安定して100歳の方でも歩き続けられるのです」
また、『はいはい』で使う筋肉の衰えだけでなく、年をとると、前側と後ろ側の筋肉バランスも次第に崩れてくる。日常生活では前側の筋肉しか使わないので、首も倒れやすくなってくるのだ。「ジムでのパーソナルトレーニングも大事ですが、中高年になると日常生活での動作をいかに工夫するかが重要です」と枝光さん。
「ジムで器具を使って鍛える方法もあります。しかしそういった器具は、特定のフォームで使わないと、筋力が発揮されないように設計されており、可動性に制限があります。しかし、人間の体は固定された動きではなく、フリーで動きます。実際には、動きが自分の体に合うようにコントロールできないとダメなんです。歩くときはどこを意識すると良いか、ドアを開けるときには、どこに意識してドアノブを引くかということは、トレーニングで行なう動きとは違うのです」
そこで枝光さんは、クライアントが日常生活での動作能力が高まるよう、運動指導にある工夫をしているという。
「たとえば高齢の方に、『スクワットしましょう』と言うと、アスリートが行なうハードなトレーニングを想像してしまって、『キツいから嫌だ』とひるんでしまいます。なので、『スクワット』という言葉を使わず、『椅子の立ち座り運動をしましょう』と提案する。実際に椅子の立ち座りがスムーズになるので、喜んでやってくれます。高齢者向けのトレーニングは、いかにその内容を日常生活に必要な動作に変換できるかということが大事ですね」
こういったトレーニングは、足腰が丈夫になるだけでなく、認知症予防にもなる。それは知られざる筋トレの重要な効果だ。筋肉と脳はつながっていて、脳の「運動野」から「筋肉を動かしてください」という指令が出るので、体を使うことは、脳を使うことにつながるという。もっと詳しく説明すれば、①脳が「体を動かせ」という指令を出す→②筋肉が動く→③筋肉が「重い」という感覚をキャッチして、脳にその情報をフィードバックする→④脳が、「筋肉が重さに耐えられるように、もっと筋肉を発達させてください」と内臓へと指令を出す→⑤脳の指令を受けて、内臓がたんぱく質の吸収率が上げる−−といった情報の行き来がなされ、体全体が使われ、活性化していくのだ。
「もともと人間の進化は四足歩行から二足歩行になり、手が自由に動かせるようになり、武器をつくって獲物をとり始めるようになった。つまり、運動機能に連動して脳が発達しているわけです。現代は便利になっていろんな運動をしなくなってきているけれど、それは筋力の衰えだけでなく、脳の機能の低下にもつながります。だからトレーニングが大事なんですね。筋トレというのは、一部のマッチョな人たちのものではなくて、みんなのもの。『日常生活での動作はすべて筋トレ』なんです」
運動不足で筋肉の衰えを感じ始めているなら、たとえば、雑巾で床を拭く際、利き手だけで拭くのではなく、手を交互に使って拭く。すると左右の筋肉のバランスが狂いづらくなる。また、駅の階段では、つま先で登ってみたり、内股を意識して足を動かしてみたり、スロトレのようにゆっくりと時間をかけて上がってもいい。ちょっと工夫をするだけで、筋肉への効果が変わってくる。枝光さんの著書『老筋トレ』でも触れられているように、筋肉をつけて生活にも気持ちにも変化が生まれる。
「高齢になるにつれ、どんどん日常動作がおっくうになってきますよね。これをやると、起き上がる、椅子に座る、立ち上がる、歩き出す、段差を越える、階段を登って降りるという日常動作が、自分の意思でできる自信へとつながっていきます。これは生きていく喜びを感じる上でとても重要なことです」
また、現役生命を長く保つ意義は、高齢者に限らない。40代の男性であれば、キャリアアップするための仕事ができるに耐えうる体力が必要であるし、同年代の女性も家庭と仕事のダブルワークを乗り越える持久力が求められるだろう。
「疲れやすくなると好奇心もなくなって、出歩かなくなるけれど、元気になれば、『ちょっと外出してみようかな』『これ、チャレンジしてみよう』という気持ちに変わっていきます。ふだんの動作の意識を変えてみるだけで筋力が高まり、健康連鎖が生まれますよ」
中高年から元気でいつづけることが、その先の高齢期を活き活きと暮らす土台になっていくのだ。
取材・文/三島衣子
枝光聖人(えだみつ・まさと)
心身健康倶楽部代表取締役。パーソナルトレーナージャパン株式会社。人間総合科学大学人間科学学士。心身健康科学修士。厚生労働省認定ヘルスケアトレーナー等。ゴールドジムでアスリート向けのスポーツトレーナー等を経験した後、中高年へのトレーニング指導へと転向、「心身健康倶楽部」を設立。以後15年に渡る経験トレーニング指導を持つ。東京に四谷店、新宿御苑店、あざみ野店、イオン西新井店、神奈川に横浜元町店、大阪に高槻店の6店舗がある。著書に『毎日の不便を「喜び」に変える筋力アップの方法 老筋トレ』(法研)、『はいはいエクササイズ』(ベストセラーズ)等。
心身健康俱楽部