命を守るための大切な体操
近代日本の普通体操は明治35、36年ころにスウェーデン式教育体操が伝えられてから発達していったが、これとは別に陸軍や海軍では兵式体操が確立されていった。兵式体操とは戦場で機敏に行動するための運動能力を養うのが目的で、そのための基礎体操と軍装を身に着けての応用体操の2つがある。
筆者は昭和7年2月に陸軍省で頒布された陸軍の「体操教範」を入手した。珍しいのでほんの一部にすぎないが図を見せながら紹介したい。体操の効果は実際の戦場で役に立たなければまったく意味をなさない。自分自身の身の危険につながってくるため、当然ながら兵式体操は非常に重要視されていた。体操というよりも死なないための運動能力をアップさせる訓練と言ったほうがいい。
ちなみに教範の総則にはこう書かれてある。
「運動能力は強健なる体力と旺盛なる気力と相まって向上しえるものなり。ゆえに体操を行なうのあたりて、体力、気力の併進に留意すること肝要なり。基本体操は体力の基礎を確立し、応用体操は戦場に必要なる運動能力を養成するを主眼とする」
後述するが図4の膝射の姿勢から「早駆」する訓練などは反射神経とともに肉体が柔軟でなければスムーズにいかない。瞬発力の速さがポイントだけに、このような訓練をしていた当時の軍人は結果的にスポーツマンとしての能力も高くなっていたはずだ。また、そう考えると現代のスポーツ能力向上のために体操に応用することも一考していいかもしれない。
◆基礎体操
基礎体操には「脚の運動」「背の運動」「頭の運動」「臂脚連合の運動」「胸推の運動」「懸垂運動」「平均運動」「背の運動」「腹の運動」「行進運動」「側腹の運動」「跳躍運動」「呼吸運動」の項目がある。
図1は「脚の運動」の脚振で図のように手を地面に水平に伸ばし、まっすぐに伸ばした片足を前(横)にあげて手に着くようにする。振り上げた足はすぐにおろす。
図2は「平均運動」の体前倒といわれるもので、左足を伸ばして後ろにあげて右ひざを屈曲させて体を前に倒して、胸を張り、平均を保つ。
平均運動の目的は精神機能を発達せしめ、もって心身の調和能力を増進し、身体の平均保持を容易にし、その動作を確実にならしむるにあり」と書かれていて、いわゆるバランス感覚を養うものである。
図3は「跳躍運動」の幅跳。踵を上げ、膝を屈曲させて、上体を前に傾けて背を伸ばしたまま、手を後ろに引いて、すぐに手を前に振り上げて、同時に肢体を十分に伸ばして遠く前に跳ぶ。
●応用体操
前出した基礎体操で脚、背、腕、腹などを鍛えていくと、今度は「応用体操」となるが、図を見た限り、これは体操どころではなく、まさしく実戦の応用訓練だ。
図4は膝射の姿勢から「早駆」の号令で、体を高くすることなく、臀部を上げて図のように早く駆ける。
図5は伏射の姿勢から「早駆」をする。
図6は軍装を身に着け、銃を右手に持って跳ぶ。図ではわかりにくいが左手は銃剣がぶらぶらと揺れないようにしている。この時の幅は2mが合格基準となっているようだ。
図7は跳び箱を利用して跳躍して進むものだ。現在の障害物競走である。
紙幅の関係でここで止めるが、まだまだ奥が深そうな体操である。
(文・安田拡了)