新型コロナウイルスの感染が世界中に拡大するなか、免疫のスペシャリストである順天堂大学医学部の三宅幸子教授にその機能をわかりやすく解説していただく特別インタビュー。第4回目は、免疫を高める方法について聞いてみました。
■「適度」や「普通」が大切
――前回まで免疫の仕組みについて解説していただきましたが、免疫はやはり加齢とともに低下していくものなのでしょうか?
三宅:一般的には思春期から20歳くらいまでにピークに達し、中高年になると徐々に低下していくといわれています。実際、新型コロナウイルスによる致死率を見ても、50代以降に年齢に従って上がっていますが、それは基礎疾患がある人が増えることに加え、免疫の低下もその一つの要因と考えられています。
――それは各免疫細胞のパワーそのものが低下するからなのでしょうか? それとも数そのものが減っていくからなのでしょうか?
三宅:どちらの要因も関与しているといえます。年齢によって下がる免疫細胞もありますし、年齢によって機能が変化するものもあります。一般的には感染症に対する防御力は減っていきます。
――体力・筋力の低下とともに疲れやすくなってしまうのと同じですね。とすると、極度の疲労状態なども‟敵”に付け入る隙を与えてしまうのでしょうね。
三宅:過労やストレスは免疫機能を落とします。ですから、若い人たちであっても過労には要注意です。
――スポーツ選手の場合は、オーバートレーニングもよくない?
三宅:軽・中程度の運動は免疫を高めるにはよいと考えられていますが、過度の運動は免疫の低下につながります。マラソンをした後、よく風邪を引きやすいといわれますが、たとえトップアスリートであっても、過度の運動をした後には一時的に免疫が落ちることが知られています。人によって強度の感じ方には違いがあるので、どの程度の運動が適当かは個人差があります。
――運動もやりすぎはよくないということですね。運動以外に免疫を高めていくための方策はあるのでしょうか?
三宅:一般的にいわれていることは、やはりバランスの良い食事、十分な休養と睡眠、リラックス、そして適度な運動。これらをバランスよく実践することでしょうか。ごく当たり前のことばかりですね(笑)。でも、現代人で実際にこれらがバランスよく取り組めている人は少ないかもしれません。
――暴飲暴食、睡眠不足もダメ。
三宅:はい。当然ストレスを抱え込みすぎてもよくないですね。何事も「過ぎたるは及ばざるがごとし」。適度が一番ではないかと思います。とはいえ、適度や普通というのが最も難しい。人はやりすぎか、やらなすぎのどちらかに偏っているものですからね。
■「笑い」の活用は一つの知恵
――バランスが重要ということですね。
三宅:そうですね。体のなかの組織としては、腸が注目されています。食物の消化や栄養吸収を担当する腸というのは、表面積にするとテニスコートの1.5倍ともいわれる臓器で、リンパ球の半分以上は腸にいるといわれています。つまり、腸は最大の免疫組織なのです。1000種100兆個ともいわれる腸内細菌と共存していることも特徴です。これらの腸内細菌は、食物を消化するのに必要なばかりか、私たちがつくれないビタミンをつくったり、免疫細胞の正常な発達や機能調節にも必要なので、免疫機能を良好に保つためには腸内環境も一つのポイントといえます。腸内細菌はさまざまな因子によって影響を受けますが、食事による影響も大きいですね。
――なるほど、発酵食品や食物繊維などが免疫アップに効果的といわれるのも、腸内環境の調整を期待されているからなんでしょうね。腸内細菌は免疫に対して、どのような働きをしているのですか?
三宅:腸内細菌はそれぞれが違う特性をもっており、特定のリンパ球の活性をより高めるものもあれば、むしろ制御するような細胞を増やしたりするものもあることがわかってきました。例えば、乳酸菌の一部や食物繊維を多く含む食事は、過剰な免疫を抑える細胞を増やします。しかしながら、1000種100兆個ともいわれる腸内細菌は一つの小宇宙を形成しているといわれるくらい複雑に関係しあっていると考えられるので、一つの腸内細菌だけですべて解決するのは難しいところです。また住んでいる地域による差が大きく、個人の差も大きいことが知られています
――いずれにせよ、内臓のなかでも腸こそが免疫のパワーを左右する‟キーマン”となるわけですね。
三宅:私たちの体のなかには、腸をはじめとして、扁桃腺や肺など、外界と接するさまざまな場所に、その場所の特性に合った免疫組織が備わっています。それらのなかでも存在するリンパ球の数が最大であることから、腸の役割は大きい。腸は消化と吸収の場なので、食物や腸内細菌には寛容でなければならず、免疫の機能を高めると同時に、一定のものは受け入れなければならないという宿命があります。だからこそ、免疫の制御に重要な役割を果たしているのではないかと考えられます。
――共存共栄ですね。それにしても、免疫システムというのはよくできているなと思います。まさに生命の神秘ですね。
三宅:その通りだと思います。また、それは進化の証でもあります。免疫系と神経系は、ネットワーク機能を有する高次機能システムとして、多細胞生物の発達とともに互いに影響を与えながら飛躍的に発展してきました。ですから、それぞれは深く関連していて、ストレスがかかると免疫機能が変化するというのも、その一例です。
――そういえば、笑うとNK細胞が活性化されると聞いたことがあります。
三宅:それに関しては、論文もあり、実験的に証明されています。実際に笑ったり、楽しい時を過ごしたりすると、NK細胞の活性化だけでなく、ホルモンや神経にも好循環が起こるようです。しかも心から笑わなくても、口角を上げただけで、脳が騙されて活性が上がるという話もあります。よく‟病は気から”といわれますが、皆さんも体験的に確かにその通りだなと実感しているのではないでしょうか。
――笑う門には福来る、ですね。
三宅:そうですね。人生には笑っていられないような状況もありますが、ヒトに与えられた特権である「笑い」という行為を活用することは、一つの知恵といえるかもしれません。
<第5回に続く>
三宅幸子(みやけ・さちこ)
東京医科歯科大学医学部卒業。順天堂大学付属順天堂医院で内科研修後、同膠原病内科に入局し順天堂大学内科系大学院修了。米国Harvard Medical School, Brigham and Women’s Hospital・博士研究員・指導研究員、 国立精神・神経医療研究センター神経研究所免疫研究部・室長を経て、2013年より順天堂大学医学部免疫学教室・教授。
取材/光成耕司