新型コロナウイルスの感染が世界中に拡大するなか、免疫のスペシャリストである順天堂大学医学部の三宅幸子教授にその機能をわかりやすく解説していただく特別インタビュー。最終回では、人体の神秘ともいえる免疫システムの調節の仕組み、さらに変化や進化について聞いてみた。
■血行を良くすることは大切
――免疫をなるべく下げないように注意し、ニュートラルな状態にしておくことが重要ということはわかってきました。その免疫システム全体をコントロールしているのは脳なのでしょうか。
三宅:どこが調節しているかは、ひと口にはいえません。基本的には、免疫システムの中で調節されているという表現が正しいと思います。ただし、神経や内分泌系はつねに連携しあっているので、神経で何かが起こると免疫は非常に影響を受けます。逆に免疫やホルモンの細胞によって神経が影響を受けるということもあります。それぞれが独立したシステムではあるのですが、そこにクロストークがあると考えればいいと思います。
――唯一の司令官がいるわけではなく、相互に連絡を取りあうことでバランスが保たれているということですね。有事の際、免疫細胞が移動する道は血流ですか?
三宅:2つの道があります。血液とリンパ管です。それは細胞によって、またフェイズによって変わります。例えばマスト細胞は血液に乗って移動するのではなく、もともと皮膚や粘膜などにたくさんいるので、寄生虫などの防御にすぐに働くことができます。一方、好中球やリンパ球などは全身に行くことができます。
――血液に乗って移動する免疫細胞があるので、第6回でもご説明いただいたように、血流を良くするとプラスになるということも考えられるわけですね。
三宅:そうですね。一般的には“滞る”のが良くないので、血液やリンパ管の流れを良くすることは大切だと思います。流れが良ければ、正しいものが正しい場所に行きますし、老廃物も排出できますから。運動が免疫機能を上げるメカニズムの一つは、血行を良くするということがあります。よく「お風呂はいいんですか?」と聞かれるのですが、血流が良くなるのであれば決してマイナスになるとは思いません。ただ、それも時と場合によると思います。ケガをして炎症が起こっているところに、どんどん血液を送るのはあまり良くないでしょう。
――風邪を引いたときなどに熱が出るのも免疫の反応で、薬で解熱してしまうのは免疫にとってはマイナスであるという話を聞いたことがあるのですが。
三宅:まず発熱というのは、サイトカインの作用なので、免疫反応の現われです。発熱すると、自然免疫も、獲得免疫も高まることが研究されています。一方、小さいお子さんでは高い熱が出るとけいれんを起こすこともあります。高熱が出ると体力も消耗しますので、医療現場では、成人の場合は症状軽減の目的で熱を下げていると思います。診断や治療効果を確認するために、解熱剤を使わないこともあります。
■遺伝はしないが、環境の影響は受ける
――ウイルスや細菌の情報を持った獲得免疫は、遺伝で受け継がれるのでしょうか?
三宅:残念ながら受け継がれません。一代で終わりです。唯一の例外は、母体から赤ちゃんに一時的に受け継がれる抗体です。胎盤を通して、あるいは母乳を飲むことで特定の抗体を赤ちゃんは持つことができます。なので、生まれて最初の6ヵ月くらいは感染に対してある程度の防御ができるのです。ただ、それはもともとお母さんの抗体なので、次第に消えていきます。その後は成長とともに、自分自身の免疫を獲得していくことになるわけです。
――成長していく中で、男女の差というのは出てくるのでしょうか?
三宅:性周期の問題もあるので、ある程度はあります。どちらが強いか弱いかというのはわかりませんが、一般的に自己抗体をたくさんつくるような病気は女性に多いといわれています。これは仮説ですが、人類の歴史の中では、女性は生殖可能年齢では子どもを宿している時間が長かったと想定されます。妊娠している状態がデフォルトだったとすると、子どもに抗体を供給するという重要な仕事があるので、抗体を産生する力が求められたはずです。抗体をつくりやすいということで、自己抗体が出るような自己免疫ができやすいということはあるのかもしれません。あくまで仮説ですが。
――必要な免疫ができるということであれば、生物の進化とともに免疫機能がレベルアップしていくということもあるのでしょうか?
三宅:免疫記憶が引き継がれるということはありませんが、環境の変化の影響は受けると思います。100年前は全人口の50%が寄生虫感染していたといわれていて、寄生虫感染に強い免疫細胞を持った人が生き残ってきたと考えられます。一定の免疫が強い人同士が結婚して子どもをもうければ、その子の免疫はさらに強くなるかもしれませんし、そういった面でも進化はあるのかもしれません。現在でも例えばマラリアが非常に流行っている土地があったりしますよね。そうした地域では、時間はかかると思いますが、マラリアの感染に対して強い人が残っていくことにより、次第に免疫機能そのものが変化していく可能性はあると思います。
――どんなに科学が進化して、高度なAIやロボットを操れるようになっても、人類が地球上の一生命体に過ぎないということを再認識させられます。
三宅:環境があっての今の状態ということですよね。目の前にある環境で生きていく上で、重要な役割を担っている機能の一つが免疫ということになると思います。
<了>
三宅幸子(みやけ・さちこ)
東京医科歯科大学医学部卒業。順天堂大学付属順天堂医院で内科研修後、同膠原病内科に入局し順天堂大学内科系大学院修了。米国Harvard Medical School, Brigham and Women’s Hospital・博士研究員・指導研究員、 国立精神・神経医療研究センター神経研究所免疫研究部・室長を経て、2013年より順天堂大学医学部免疫学教室・教授。
取材/光成耕司